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ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
ジョエル・コーエンイーサン・コーエントミー・リー・ジョーンズハビエル・バルデムジョシュ・ブローリンウディ・ハレルソンケリー・マクドナルド
価格: ¥3,092 (税込)

DVD
メーカー: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
発売日: 2008/08/08
EAN: 4988113823517
おすすめ度:4.0
Amazon ランキング: 742位
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暴力の絶対優位、理解不能という無力
凄い映画をつくったものです。圧倒されました。
事件を追う初老の保安官、彼の独白の無力さに共感せざるを得ません。

やはりアカデミー賞をとった「ファーゴ」では妊婦の保安官が事件を解決しますが、逮捕はしたものの「なぜ事件がこんな展開をみせたのか?」というとは誰にも理解できません。登場人物は互いに言葉を交わし話をするのですが、コミュニケーションは成り立っていない。「ノーカントリー」との共通点です。

暴力と死にさらされて、意思疎通からも阻害されて、この時代に生きる人間はどのような自覚を持つべきなのでしょうか。ますます善意や思いやりが通じなくなるかもしれない、そんな恐怖と向き合って生きざるを得ないなら、無感覚な暴力が絶対優位になってしまうでしょう。
近代ニーチェは「神は死んだ」と叫び、科学は神を日常生活から駆逐しました。その意味で神無き時代をコーエン兄弟は見事に描いてみせたと思います。
ノスタルジックなアメリカの荒野が舞台です。
砂塵の荒野。カウボーイハットにブーツ、馬に乗った保安官、寂びれた街と荒涼としたワイルド感が漂い、西部劇のような懐かしいシーンを彷彿とさせています。
そんなところにやばい大金を手にした男が、薄気味悪く、まるでサターンのようにひしひしと確実に押し迫ってくるヒットマンに追われていきます。
この作品は西部劇のようなシーンから想像する展開に意表を付かれたようになり、緊迫感と恐怖が連続して非情なサスペンスの世界に入っていきます。
この作品の落としどころが難しすぎて、いまひとつ理解に苦しむところがあります。
そういうことをあまり深く考えないでスリラーサスペンスそのものを楽しめばいいのかもしれません。
暴力表現に斬新さを感じる映画
コーエン兄弟が描く、暴力についての不可思議な映画。

マフィアの金を偶然手に入れたことから、はからずも暴力の世界に巻き込まれていく主人公
圧倒的な存在感を放ちながら、主人公を追い詰めていく不気味な殺し屋
その二人の行く末をなすすべもなく見届けるだけの保安官

3者の人生は時に重なり、あるいは意図的に距離をもって、血なまぐさいがストーリーを紡がれていく。

殺し屋が大活躍し、静かな田舎町が一転、死屍累々というストーリー展開は、”ブラッドシンプル”から”ファーゴ”へと続くコーエン兄弟の映画の定番ストーリーである。ただファーゴから10年、暴力表現はさらに洗練を帯び、至高の極みへと達した。

とにかくこの作品の殺し屋は異常である。おかっぱ頭のユーモラスな外見、空気ボンベやサイレンサー付きショットガンといったガジェットを使うユニークな殺人方法、強そうに見えないのになぜか不死身の存在感、どれをとっても普通の映画の殺し屋とは一線を画する。とにかくこのキャラが立っており、見るものを感情移入とは正反対の、圧倒的な異物感で包んでしまうのだ。見るものが感情移入するのは、その暴力になんとか立ち向かおうとする主人公か、あるいはもはや捜査をする術もなく諦観しか感じさせない保安官か、人それぞれで違いはあろうが、いずれもその暴力の前になすすべもなく敗れ去る。この映画にカタルシスはない、あるのはただ、異物を飲み込んだ後味の悪さだけだ。そしてこの後味の悪さこそが映画の味ともいえる。

かつてボードレールは言った、”暴力にもユーモアがある”と。ここまで突き放した暴力なら、もはやユーモアと言ってもよさそうである。笑いとは対極にある、絶望から生まれるユーモアだ。

コーエン兄弟はこの映画をもって、映画の暴力表現に新たな1ページを加えた。この先作られるバイオレンス映画は、多かれ少なかれこの映画の影響からは逃れられないだろう。

そう思わせるぐらい、強烈な存在感を残す映画だった。アカデミー賞4部門受賞というのも頷けるかな。
ほころびが繋がりを妨げているという事
初見で今作は非情に難解で物語を理解し作品を飲み込むのは容易な事じゃないと感じました。
ですが後々単純に考えてみると今作は実は難解でも何でも無いように思えるのです。
ただ「ちぐはぐ」しているだけなんです、この映画は。
抽象的な言葉や余韻を残す場面、あえて暗い部分を全て映しきらない演出等、見る側の情緒的な部分に様々なショックを与えようとしているのですが、それがどれもこれもしっくりと来ない、すんなりと心が受け入れないのです。
思うにその要因として一つ一つの場面や台詞は良いのですが、それが全て途切れ途切れで物語の一つの流れの中で相互にリンクし切れておらず、重要な局面を重く感じ取る事が出来無いために、作品にも今ひとつ入り込めないのだと思います。
抽象的な要素を撒きながら作品の本質を暗示し後は観客の想像に任せる、作品を楽しみ切ったかどうかは観客の視点と読み取りの肥え具合という作品の部類に入るのだろうと思いながらも、作り手の技量としては匙を投げ捨てたに近いものがあると思います。
このメッセージは、コーエン兄弟だからこそ説得力があるのでは?
いい映画かどうかで云えば、いい映画だと思う。コーエン兄弟が犯罪ものを描くとクライムシーンがショッキングになるのは有名であるが、この映画もそうだった。しかしそれは、残虐なシーンを呼び物として観衆の「怖いもの見たさ」を喚起し、興行的な成功や見るものの期待に応えようとした従来のハリウッド主義に基づくものではないと思う。彼らがこの映画を通して伝えたかったメッセージは、「人間の残虐性にはリミットはないのか!」「まったく理解に苦しむ犯罪の増大は何に起因しているのだろうか?」を嘆きながら、それを単に銃社会の成熟というありきたりの結論に帰着させるのではなく、そもそも誰しもが持っている生への欲望=自分に都合の悪い他者の排除や残虐性を覚醒させる何かがナンであるかを、いわば“年寄りの嘆き”にも似たトミーリージョーンズの一言一言や夢の叙述によって、問いかけ、観るものに考えさせようとしていると捉えるべき、だと思った。それは、昔は保安官は、銃を持たなかった・・・でも金や麻薬が犯罪を複雑化・深刻化させ、今では保安官も銃を携帯するようになったし、ベトナム帰還兵であればたとえ衣服を着ていない怪しい人間でも国境を通過させる警察官(州警察?)がいたり、怪我したり交通事故に遭った人間からでも金でシャツを売る青少年が描かれていることでほのめかされていたのではないだろうか?もう一度観たいとはなかなか思わないが、記憶に残る・・・映画であることには間違いない。



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