の夢のはなし。こわいです。そのページが恐くて本を捨ててしまった…。
バリ滞在中に、すごい能力を持った女の殺人者とそれに対抗する人達の夢をみます。
後にこの夢の内容がバリの伝説だと知る…。
マジで怖い。夢の内容が。
マリカのソファー/バリ夢日記 (幻冬舎文庫―世界の旅)
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実際に本書を買って読むまで、「なんでタイトル変更したの?」と不思議でなりませんでした。94年にハードカバーで出版された『マリカの永い夜』をすでに持っていたので、改めて文庫を買う気になれず数年が経過していたでしょうか。たまたま書店で本書を見かけ、「著者の決心により改題し大幅に書き改められた。」という一文に目が留まりました。変更されたのがタイトルだけでないことが分かり、早速購入し『マリカの永い夜』と読み比べてみました。
『マリカの永い夜』では元精神科医だったジュンコ先生は、本書でも「ジュンコ先生」と呼ばれていますが、医者ではなく近所に住む主婦でマリカの友人という設定です。ここを変更したために、加筆や訂正が必要になったようです。文庫版あとがきで、ばななさんご本人が「あまりにも無理があったので、設定から全部、書き直しました。」と告白されていますが、読み比べてみるとなるほど・・・本書の「ジュンコ先生」とマリカの関係のほうが違和感なく読める気がしました。元医者が元患者を連れてバリ島へ旅行するというのは、なかなか入り込むのが困難な設定だと、改めて気付かされました。ジュンコ先生を普通の主婦にしたことで、ジュンコ先生の家にマリカの居場所(ソファー)ができ、ジュンコ先生のご主人も交えた人間関係が物語に生活感や現実味を与えています。書き改められたことで、「二人のマリカ」「二人のジュンコ先生」に会えたような得した気分になりました。
『マリカの永い夜』では元精神科医だったジュンコ先生は、本書でも「ジュンコ先生」と呼ばれていますが、医者ではなく近所に住む主婦でマリカの友人という設定です。ここを変更したために、加筆や訂正が必要になったようです。文庫版あとがきで、ばななさんご本人が「あまりにも無理があったので、設定から全部、書き直しました。」と告白されていますが、読み比べてみるとなるほど・・・本書の「ジュンコ先生」とマリカの関係のほうが違和感なく読める気がしました。元医者が元患者を連れてバリ島へ旅行するというのは、なかなか入り込むのが困難な設定だと、改めて気付かされました。ジュンコ先生を普通の主婦にしたことで、ジュンコ先生の家にマリカの居場所(ソファー)ができ、ジュンコ先生のご主人も交えた人間関係が物語に生活感や現実味を与えています。書き改められたことで、「二人のマリカ」「二人のジュンコ先生」に会えたような得した気分になりました。
多重人格の少女マリカ。彼女を見守る魂たちとジュンコ先生。
バリを舞台に美しい文章で綴られる生長と希望、魂の救済の物語。
人はどこへいくの?魂はどこへいくの?
というちっちゃい頃の疑問が読む度よみがえってとけていく。
バリ旅行記では作品に投影されるよしもとばなならしい
愛嬌のある澄んだ目線を垣間見ることも出来
一冊でじっくり楽しめます。
バリを舞台に美しい文章で綴られる生長と希望、魂の救済の物語。
人はどこへいくの?魂はどこへいくの?
というちっちゃい頃の疑問が読む度よみがえってとけていく。
バリ旅行記では作品に投影されるよしもとばなならしい
愛嬌のある澄んだ目線を垣間見ることも出来
一冊でじっくり楽しめます。
多重人格という症例に興味があり、ビリー・ミリガンのシリーズや専門書などを読んで、自分の中では、やはり精神のなせる奇跡だと、そして病気だと理解したつもりになっていました。しかし、本当にそうなのでしょうか。脳神経だけのなせる技なのでしょうか。
確かに、多重人格は年少期の虐待などに対する精神の自衛から始まるのでしょうが、しかし、別の人格の性格や、魂はどこから来たのでしょうか。
この本は未完成な部分が多少目に付きますが、吉本ばななだからこその目の付け所があり、納得させられるものがありました。彼女の視点で多重人格を見ると、今まで科学という一つの物差しに囚われていた自分に気がつきます。 また、著者のバリ島への旅行記を読むと、更に小説が生まれるまでの様子がのぞけて楽しいです。



