女性の描く恋愛小説としてはじめて読んでみました。特に作者のファンというわけではありません。
描かれているのは、イヤになりそうなところのある(人として)ステレオタイプな、でも実際には、ほとんどいないだろうパターンの人とその恋人の物語です。
現実にある、破綻しそうなのだけれどもお互いに別れられない、というパターンはなく、その筆致も含めて、あえて淡々と進み、登場人物自身も、よくわからないまま、小さいエピソードが、おこり、なんとなく、登場人物が反応する、という作りで、エピソードが総てを支配するケータイ小説を既に幻視していたような小説です。
評価が高いコメントが多いのが良く理解できる小説です。
しかし、この淡々とした筆致は、確信犯であるかも、、と思わせるところもあり、本書を読んで、高い評価をみて、ナットク、ということもあるので、星を一つ増やし2つとしました。
レビュータイトルに記したような関係の男女を見たい人は、読んでみる価値はあります。
太陽と毒ぐも
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評価が高い人が多いのは承知の上で、あくまで個人の意見です。
昔よりは筆力は上がったとは思いますが、とにかくこの人は
なぜこんなに「ダメな人間のダメな日常」を書くことが
好きなんでしょうね。
あの顔で美しい恋愛語られても興醒めはしますが、自分も
自分のつきあう相手も、ここに出てくるようなレベルの人間じゃ
なくてよかったな、としみじみ思います。
コンビニのもの食べて散らかった狭い部屋でだらしないセックス
をする。作家本人もそういう20代を送って、どうしようもない
男としかつきあっていないくせに、無意識のうちに
「でも私は男に相手にされない惨めさからは解放されている」
「自堕落してても私大学は早稲田だし」
というのが自分に対する自信の一部なんだろうな、というのが
垣間見える気がします。
小説を書く人間も、読む人間もレベルが下がったのが現代だ、
ということを象徴するのがこの作家の存在意義だと思います。
昔よりは筆力は上がったとは思いますが、とにかくこの人は
なぜこんなに「ダメな人間のダメな日常」を書くことが
好きなんでしょうね。
あの顔で美しい恋愛語られても興醒めはしますが、自分も
自分のつきあう相手も、ここに出てくるようなレベルの人間じゃ
なくてよかったな、としみじみ思います。
コンビニのもの食べて散らかった狭い部屋でだらしないセックス
をする。作家本人もそういう20代を送って、どうしようもない
男としかつきあっていないくせに、無意識のうちに
「でも私は男に相手にされない惨めさからは解放されている」
「自堕落してても私大学は早稲田だし」
というのが自分に対する自信の一部なんだろうな、というのが
垣間見える気がします。
小説を書く人間も、読む人間もレベルが下がったのが現代だ、
ということを象徴するのがこの作家の存在意義だと思います。
角田光代さんの作品の中で最も好きな逸品。
自分ではない人と、自分とは違うものを持つ人と暮らすことで生じる軋轢を扱った短編集。
自分と「違う」のは可能性を広げてくれる素晴らしいことなのに私生活に介入されると疎ましくすら感じる瞬間がある。やはり人間は基本的に恣意的な生き物なのでしょう。
だからといって、自分と似た人と付き合い、自分を二人にして安心するような行為は何とも哀しい。
折り合いのつけ方は様々であり、やはり困難でしょうが、それでも自分とは「違う」人と生きることは希望であってほしいものですね。
自分ではない人と、自分とは違うものを持つ人と暮らすことで生じる軋轢を扱った短編集。
自分と「違う」のは可能性を広げてくれる素晴らしいことなのに私生活に介入されると疎ましくすら感じる瞬間がある。やはり人間は基本的に恣意的な生き物なのでしょう。
だからといって、自分と似た人と付き合い、自分を二人にして安心するような行為は何とも哀しい。
折り合いのつけ方は様々であり、やはり困難でしょうが、それでも自分とは「違う」人と生きることは希望であってほしいものですね。
なぜかと言うと、男女の現実に的を当てているから。
最初出会い、恋に落ちた男女はとても甘く切ないものではあるが、長い月日を経ていくと、長く噛んだガムのように「甘み」は段々失せていく。そして、まだ甘かったころには目をつぶっていられたものが、いつの間にか気になって気になって、悪くすればそれが許せなくなる。でも、いくら恋人でも所詮他人。お互いをいかに尊重するか。それが重要な課題かもしれない。
最初出会い、恋に落ちた男女はとても甘く切ないものではあるが、長い月日を経ていくと、長く噛んだガムのように「甘み」は段々失せていく。そして、まだ甘かったころには目をつぶっていられたものが、いつの間にか気になって気になって、悪くすればそれが許せなくなる。でも、いくら恋人でも所詮他人。お互いをいかに尊重するか。それが重要な課題かもしれない。
燦燦と輝いていたお日様が、何かの拍子に大きい雲に阻まれて、瞬く間にあたり一面が真っ暗になってしまうことありますよね?あーいうことを言うようです、このタイトル。その毒雲というのが、この本の場合は、くだらない生活習慣や性癖の違いや、食の好み、などによって、恋人たちの間に生まれる亀裂のことです。買い物好きな男、記念日好きな女、清潔さに無頓着な女、下戸で健康オタクな男、巨人の熱狂的ファンの男…そういう突出する個性を持った恋人と暮らすはめになった片割れの目を通して物語が描かれます。そのために別れちゃったカップルもいれば、それでもなんとなく関係を続ける二人もいる。結果的にその違いを楽しんでいく恋人たちもいます。結局のところ二人の関係性の持続に「愛」なんてたいしたこっちゃない!ていう角田氏のいつもの恋愛感が良く出ています。愛がたいしたことないのなら、これってなんなのよ!っていうことになりますが、なにかしら、関係を続けていくには説明できない原動力ってものがあるには違いないのです。一緒に暮らしていく上で99%の部分では、趣味があっているけど、どうしても許せない1%がある場合と、生活上のことがことごとく相容れず99%は大嫌いでも、ほんとうに奇跡のように気が合う1%を持っている場合。やはり、後者の方が恋愛生命維持装置として優れているような気がします、私は。



