「三浦氏」と「をん氏」は、別人で、
エッセイ担当が三浦、小説はをん、というデマが飛ぶほどに、
エッセイの爆笑の世界と、小説では別人のようです。
特にこの「秘密の花園」は、とてもシリアス。
残酷で、わがままで、哀しくて、でも繊細で透明で冷たい。
そんな、少女たちの言葉にならない言葉が、伝わってきます。
男の人には、理解しがたい本かも知れないです。
秘密の花園
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さすがに、ありきたりの女子高生青春小説にはなっていません。
あとがきに「記号でも消費物でもない誇り高い生き物である少女を書きたいと思った」とあって、実に繊細に残酷に愛情深く彼女達が描かれていると思います。
三人の主人公によって漢字とひらがなの比率や文体が違うのが面白いです。彼女達のトラウマに当たる部分の見当もだいたいついたりするのですが、前述した通り心理描写がとても細やかで引き込まれます。
ラストも決して甘くはないのに不思議と爽やかさが残りました。
あとがきに「記号でも消費物でもない誇り高い生き物である少女を書きたいと思った」とあって、実に繊細に残酷に愛情深く彼女達が描かれていると思います。
三人の主人公によって漢字とひらがなの比率や文体が違うのが面白いです。彼女達のトラウマに当たる部分の見当もだいたいついたりするのですが、前述した通り心理描写がとても細やかで引き込まれます。
ラストも決して甘くはないのに不思議と爽やかさが残りました。
三浦さんは最近とみに注目されているけれど、この本が中々書店に並んでいないのが悔しい。『私が語りはじめた彼は』も『むかしのはなし』も大好きなのだが、女と生まれた身としてこの物語はとても思い入れが深い。何でこんな風に、「うまく言えない」ような微妙で複雑な想いをこうまで相応しい言葉に置き換えられるのかと感心してしまう。
男性の方はむっとしてしまうかもしれないけれど、やっぱり少女の微妙で破壊と紙一重の静かな激情は男性には分からないのではないだろうか。気高い拒絶に満ちた、そんな心は。
人間は、性からは逃れられない。そんなことを思い知るのがちょうど主人公たちの年頃だ。女というのはその性故にどこか救われがたい生き物だということも。この本を読んで自分の中にもこの三人がいることを思い出した。どの女性も少なからず、この三人を宿しているのではないだろうか。
ぜひ読んで欲しい。そして、その後の三人にぼんやりと思いをはせて「でもこの子たちはきっと大丈夫だな」と微笑んで欲しい。
男性の方はむっとしてしまうかもしれないけれど、やっぱり少女の微妙で破壊と紙一重の静かな激情は男性には分からないのではないだろうか。気高い拒絶に満ちた、そんな心は。
人間は、性からは逃れられない。そんなことを思い知るのがちょうど主人公たちの年頃だ。女というのはその性故にどこか救われがたい生き物だということも。この本を読んで自分の中にもこの三人がいることを思い出した。どの女性も少なからず、この三人を宿しているのではないだろうか。
ぜひ読んで欲しい。そして、その後の三人にぼんやりと思いをはせて「でもこの子たちはきっと大丈夫だな」と微笑んで欲しい。
一読してまずは、爆笑エッセイからは想像もできない、3人の少女の繊細で強かな作品という印象でした。
幼稚舎から高校まである聖フランチェスカ高等学校に通う3人の女子高生。
過去のトラウマを消すために予備校で声をかけてきた男子高校生とつき合っている那由多。授業で誰が何回指されたかを記録するほどに教師に思いを寄せ、男女関係をもつ淑子。那由多に対して友情とも恋とも違う、言葉にすることができない感情を抱いている翠。
多感な年頃の女子高生が三者三様の悩みを抱えている姿と、その危うさが繊細に、リアルに描かれていて思わず自分の高校生時代と照らし合わせて、深く感情移入してしまいました。
「洪水のあとに」で描かれる、那由多の帰宅途中での衝撃的な行動は癒えることのない傷の深さゆえ。物語の中ではあるけれど悲しく、そして反面もっと強かに生きてほしい! とも思わせられる作品でした。
チェーホフでなく吉田秋生のコミックの「櫻の園」。あのテイストです。(お話は全く違いますが・・・)女子高に通う3人の少女の物語りが、オムニバスで語られます。主人公によって語り口が全く違うところも楽しいです。大変なこともいっぱいあるけど女の子頑張れ!負けるな!って言う感じです。中原俊の映画も良かったけど男性から見た少女って、実際の少女(かつて少女だったものも含む)とは随分違うよなあ。現役女子高生にも、大人の女性にも読んで欲しい愛おしい小説。



