読んでいてやや辛い。切なくなる。
ただ,そのバイタリティに3点。
インドへ馬鹿がやって来た
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人間に与えられたエネルギーは平等ではないと実感する書。
50代も後半の漫画家が突如「日本の漫画をインドに持ち込んで翻訳して売れば儲かるのでは」と思い立ち、語学もコネもなしに実行するというとんでもないストーリー。
しかもその漫画は40年も前に書かれ、なおかつ部落解放同盟から抗議を受け絶版になったという鬼作。なぜこんなマニアックな漫画を選んだのか?なぜドラゴンボールとかワンピースとかにしなかったのか?
そういうわけで、様々な、かつ根本的な疑問をカオス的に抱え込みながらも弾丸のごとく邁進する一人のオッサンのノンフィクションである。彼の現実的エネルギーとは裏腹に、漫画内世界がのぼーっ、のぼーっと平坦で、そのギャップがむずがゆい。
50代も後半の漫画家が突如「日本の漫画をインドに持ち込んで翻訳して売れば儲かるのでは」と思い立ち、語学もコネもなしに実行するというとんでもないストーリー。
しかもその漫画は40年も前に書かれ、なおかつ部落解放同盟から抗議を受け絶版になったという鬼作。なぜこんなマニアックな漫画を選んだのか?なぜドラゴンボールとかワンピースとかにしなかったのか?
そういうわけで、様々な、かつ根本的な疑問をカオス的に抱え込みながらも弾丸のごとく邁進する一人のオッサンのノンフィクションである。彼の現実的エネルギーとは裏腹に、漫画内世界がのぼーっ、のぼーっと平坦で、そのギャップがむずがゆい。
インド熱が高くて、いろいろとインド旅行関連の本を買ってます。この本はたまたま書店で山積みになってたところに興味をもち、ネットで書評を見てから買いました。昨今の書店は立ち読みできませんから、、、。
なにしろインド。悔しい目に遭ったことも山ほどあったでしょうが、ネガティブな視点は抑えられていて、恨み言はなし。インドでマンガを売るという破天荒な商談を大胆に進める前人未到の体験をスリリングかつコミカルに描かれてます。ものおじしない好奇心旺盛な著者の経験したインドのサバイバルな生活は、もうあきれるくらい大胆で、何回も読み返してしまいます。滞在中に関わったインド人庶民の姿もリアルに描かれていて楽しく読ませてもらえました。絵もクリーンで読み進みやすく、熟練の技を感じます。
著者がインドで作ったマンガの売れ行きのその後が気になるところです。
なにしろインド。悔しい目に遭ったことも山ほどあったでしょうが、ネガティブな視点は抑えられていて、恨み言はなし。インドでマンガを売るという破天荒な商談を大胆に進める前人未到の体験をスリリングかつコミカルに描かれてます。ものおじしない好奇心旺盛な著者の経験したインドのサバイバルな生活は、もうあきれるくらい大胆で、何回も読み返してしまいます。滞在中に関わったインド人庶民の姿もリアルに描かれていて楽しく読ませてもらえました。絵もクリーンで読み進みやすく、熟練の技を感じます。
著者がインドで作ったマンガの売れ行きのその後が気になるところです。
この本は単なる旅行記と違い、インドで暮らす者として、大いに共感させられました。
特に山松さんと印刷会社のやり取りは今の自分の姿とだぶるところがあります。
インドに関する本を色々読みましたが、中でもこの本は町の様子、庶民の暮らしぶり、
インドの人の特徴がよくわかります。でも、山松さんは無謀ですね。
特に山松さんと印刷会社のやり取りは今の自分の姿とだぶるところがあります。
インドに関する本を色々読みましたが、中でもこの本は町の様子、庶民の暮らしぶり、
インドの人の特徴がよくわかります。でも、山松さんは無謀ですね。
読んでみての感想は矢張りどえらい本だった。インドを一人で旅することだけでもなかなか大変なのに、何と山松氏は単身インドに乗り込み(六十近くになって初めての海外旅行というのも感動的!)、そして日本の劇画をデリーでヒンディー語に翻訳し(英語じゃないところが圧倒的に偉い)、インド人に印刷させ、さらに路上で売り捌こうとしたのだ(実際には、努力のかいもなくほとんど売れなかった)。それにしてもマンガに頻出するヒンドゥ語のやりとりは何とも楽しい(ナヒーン!)。・・・日本にも型にはまらない実に偉い人がいるものだとつくづく感じた。また、インドを長期旅行する人は少なくないとしても、六ヶ月でここまで深くインドと関わった人はいないに違いない、と思う。
ところで山松氏がインドで売り捌こうとした平田弘史氏の劇画『血だるま剣法・おのれらに告ぐ』は1962年、部落開放同盟大阪府連の抗議で長く闇の奥に葬り去られていた問題作だ、と多くの人が指摘する。しかし、『血だるま剣法』は、今読み返してみるときわめてヒューマンな差別反対の書であるのは明らかで、差別の救いがたい暗闇(一例をあげれば差別戒名に見て取れるような)を隠し持っているわけではない。『血だるま剣法』は、問題作というよりはそういうヒューマンでナイーブであるがゆえに大阪府連の抗議をうけたのであろう、というのが僕の感想だ。
山松氏は、そういうきわめてヒューマンでナイーブな差別反対の書、『血だるま剣法』をインドの路上で売り捌こうとした。すごく発想が面白いと思う。差別が、制度・歴史・文化として確立している国へ、ヒューマンでナイーブな差別反対のマンガを突きつけインド人の抗議を期待したのか(かの地で発禁処分にでもなれば本望)、あるいは、差別が露出した国におけるヒューマニズムにある種の連帯を呼びかけようとしたのか、僕としてはいろいろと考えてみたくなる。
ところで山松氏がインドで売り捌こうとした平田弘史氏の劇画『血だるま剣法・おのれらに告ぐ』は1962年、部落開放同盟大阪府連の抗議で長く闇の奥に葬り去られていた問題作だ、と多くの人が指摘する。しかし、『血だるま剣法』は、今読み返してみるときわめてヒューマンな差別反対の書であるのは明らかで、差別の救いがたい暗闇(一例をあげれば差別戒名に見て取れるような)を隠し持っているわけではない。『血だるま剣法』は、問題作というよりはそういうヒューマンでナイーブであるがゆえに大阪府連の抗議をうけたのであろう、というのが僕の感想だ。
山松氏は、そういうきわめてヒューマンでナイーブな差別反対の書、『血だるま剣法』をインドの路上で売り捌こうとした。すごく発想が面白いと思う。差別が、制度・歴史・文化として確立している国へ、ヒューマンでナイーブな差別反対のマンガを突きつけインド人の抗議を期待したのか(かの地で発禁処分にでもなれば本望)、あるいは、差別が露出した国におけるヒューマニズムにある種の連帯を呼びかけようとしたのか、僕としてはいろいろと考えてみたくなる。



