著者については坪内祐三氏の「古くさいぞ私は」の中のミニマリズムの説明で紹介されて初めて知った。この本は昭和32年4月から33年3月まで雑誌「新婦人」に読切連載されたものをまとめたものである。表紙絵は当時のミッションスクールの雰囲気を実に忠実に醸し出していて迷わず購入した。
中身も清新で上品な雰囲気とのんびりした話の展開で、謎解きまではするが犯人の動機や背後関係までは深く追及せず、捕まえることすらせず放免してしまうこともある。反省して改心するだろうという性善説に立った話なのだ。都会の裕福な家庭ではクラシックバレエや刺繍、バラ作りなどが流行った時代であったことを想起して読んでもらうと当時の雰囲気が少し分かるかもしれない。読後感が爽快で後を引かないのもこの作品の特徴である。
黒いハンカチ (創元推理文庫)
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1958年に三笠書房から出た単行本の復刊・文庫化。
著者は早稲田の先生で、芥川賞候補にもなるなど小説家としても活躍した人物。本書はニシ・アヅマという女子高の先生を主人公に据えた短編集。北村薫の『謎のギャラリー』に2篇が収められたことで忘却の淵から拾い上げられ、復刊のはこびとなった。
まあ、トリックとしてはしょうもない。しかし、お話としてのレベルはなかなか。黄金期の英米の短編を読み漁った人が書いたという雰囲気で、古典好きの人にはたまらないだろう。ブラウン神父を思わせる。
諧謔味というかユーモアが効いていて、それでいて物悲しいトーンもある。
収穫だったと思う。
著者は早稲田の先生で、芥川賞候補にもなるなど小説家としても活躍した人物。本書はニシ・アヅマという女子高の先生を主人公に据えた短編集。北村薫の『謎のギャラリー』に2篇が収められたことで忘却の淵から拾い上げられ、復刊のはこびとなった。
まあ、トリックとしてはしょうもない。しかし、お話としてのレベルはなかなか。黄金期の英米の短編を読み漁った人が書いたという雰囲気で、古典好きの人にはたまらないだろう。ブラウン神父を思わせる。
諧謔味というかユーモアが効いていて、それでいて物悲しいトーンもある。
収穫だったと思う。
主人公のニシ・アズマ女史は女学院の先生で、昼寝を趣味にするごく普通そうな若い女性である。しかしながらどういうわけか、偶然に事件に巻き込まれたり、その場に居合わせて、何かとその事件を解決する糸口を見つけ出してしまう。誠に都合のいい展開には違いないが、その時代の風俗というか、空気のようなものも伝えながら、ユーモアたっぷりに語られる小話を十分に楽しませてくれるのである。
こういう遊びのような作品は、書いている人も楽しんでいるという感じがする。続編の要望もあったようだが、ニシ・アズマ女子に危ないまねをさせ続けることを躊躇したということになっているようだ。そういういい訳も一種のユーモアなのだろうけれど、こういう世界を大切にしたということもいえるのではないか。小品ながら、楽しみながら力を入れて執筆した。この世界を広げるより、作者としてはいとおしい気持ちのまま封印したかったのかもしれない。そういう作品が、作者の死後、時代を超えて一介の読者を獲得する。めぐり合わせと、本という人間の記録の面白さは奥が深いものだと、あらためて思うのである。
こういう遊びのような作品は、書いている人も楽しんでいるという感じがする。続編の要望もあったようだが、ニシ・アズマ女子に危ないまねをさせ続けることを躊躇したということになっているようだ。そういういい訳も一種のユーモアなのだろうけれど、こういう世界を大切にしたということもいえるのではないか。小品ながら、楽しみながら力を入れて執筆した。この世界を広げるより、作者としてはいとおしい気持ちのまま封印したかったのかもしれない。そういう作品が、作者の死後、時代を超えて一介の読者を獲得する。めぐり合わせと、本という人間の記録の面白さは奥が深いものだと、あらためて思うのである。
北村薫さんの作品をはじめて読んだときの、あの新鮮な驚きと読後の清冽な印象が蘇った。なんといっても名偵役ニシ・アズマ(この古風なカタカナ表記がとてもいい感じ)の利発で可憐で、どこか「お茶目」(死語)なキャラクターが魅力。「その女性──小柄で愛敬のある顔をした若い女性、賢明なる読者は、既にお判りかもしれぬ、他ならぬニシ・アズマである」。この登場の仕方、というか燻し銀のようなユーモア漂う小沼丹の筆運びがいい。12の短編それぞれに違った味わいがあってそのどれもがすてがたいものなのだけれども、個人的には「未完成」に終わった青年との恋の回想シーンが出てくる「十二号」と、ニシ・アズマの家族が登場する「スクェア・ダンス」が印象的。──『黒いハンカチ』が刊行された昭和33年は松本清張の『黒い画集』が「週刊朝日」に連載されはじめた年でもある。私はたまたま偶然この二冊の本を同時に読んだ。いかにも対照的な両作品はあいまってあの時代の雰囲気を伝えていたように思った(といっても、あの時代のことを実感として知っているわけではないのですが)。
高台に建つA女学院の屋根裏部屋は、ニシ・アズマ先生のお気に入りの場所。暇があるとそこで昼寝をしたり絵を描いたり。かといってこのニシ先生、決して怠け者やボンクラなどではありません。鋭い観察眼の持ち主で元気になることを見つけたり知人から謎が持ち込まれたりすると、たちまち太い赤縁の眼鏡をかけて名探偵に早がわり、快刀乱麻を断つごとくみごとに解き明かしてみせる。ニシ・アズマ女史の探偵譚12編が収録されています。
ミステリとしては、ニシ先生が犯人や犯行方法を説明、動機についてはあまり深く追求されていないのでちょっと物足りなさも覚えますが、それを補って余りあるほどの文章の力、読み終わった後は不満よりも爽快さが残ります。
ミステリとしては、ニシ先生が犯人や犯行方法を説明、動機についてはあまり深く追求されていないのでちょっと物足りなさも覚えますが、それを補って余りあるほどの文章の力、読み終わった後は不満よりも爽快さが残ります。
作者の小沼丹、聞いたことのない作者なので新人さんかと思ったら、さにあらず、数々の文芸賞を受賞していた人で、このニシ先生のシリーズも昭和三十二年四月から一年間雑誌に連載されていたものだろう。なるほど、漢字の使い方や文字遣いなど改められてはいるようですが、それでも当時の雰囲気や作風が伝わってき、いま読んでみるとかえって新鮮さを感じます。
本書のような、埋もれた名作忘れられた傑作ミステリが次々と陽の目を見るようになった昨今、まったくいい時代に居合わせたものだと実感させてくれる一冊です。



