学力低下論争 (ちくま新書)
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学力低下論争の新書版論争史(99〜02年)。プロ向きではないが,研究者には必読だろう。引用が多く,手堅い論述となっている。論争に参加しているためにどうしても持論を展開しがちと推測されるが,著者がこれには禁欲している点が本書の客観性を支えている。
主要論者の特定とその主張内容や論拠などが手堅く整理されており,参考文献(246-52頁)では取り上げた著作が一覧できる。研究者による論争整理としてはきわめて誠実。そのうえで評価と批判が著者独自の観点からされている。独自の提言(終章)もある。
望蜀の謗りをあえて犯せば,旧学力論争を整理しておれば申し分なし。残念。(495字)
著者は序章において、「学力低下について悲観的か楽観的か」「教育改革に賛成するか否か」という二つの軸を使って論者の立場を整理し、論者は主に3つの立場に分かれることを示してくれます。このまとめが非常にわかりやすい!
学力低下論争は、「学力は低下しているか?」という問い以前に、「そもそも学力とは何か?」といった基本的なところで食い違いがあり、様々な見解を読み比べて見ても、いまいち議論がかみ合ってなくて混乱してしまいがちです。
しかし、本書を地図にして読み返してみると、そのような食い違いが起こっている原因を含めて議論がすっきり整理できるようになる。
一冊目に読むべき本か、それともある程度論争に関する本を読んだあとでまとめ的に読むべき本か、ちょっと判断がつきませんが、私のように論争の迷路に迷い込んでしまった方は、本書を手にもう一度論争本を読み直してみてはいかがでしょうか。
本書は学力低下や教育改革、公立と私立、教科と経験、受験問題などに対するそれぞれの意見や文献紹介し、うまくまとめ上げているのではないかと感じた。それは学力低下論争が上記の三つの立場の相違から生まれた論争であり、その奥の深さに正直落胆はしたが、本書に「学力低下」についての概論としての価値を感じたからである。
もう所々少し深い言及が欲しい部分はあったが、新書という性質上、また作者の本書を書いた意図からするとそれは仕方のない部分のようにも思える。
「ゆとり」という語の持つあいまいさ、「学力」とは一体どのようなものなのか、国はどのような対策をとっているか、「学力」が低いとなぜいけないのか、などが本書の終章まで読めば、本書が出版された当時の学力低下論争の大まかなアウトラインはつかむ事ができるのではないだろうか。
しかし最近のOECDの調査で再び話題になったように、教育に関する問題はリアルタイムで考えていかなければならないと私は考えているし、本書を足がかりに、現代的な自分なりの「学力低下論」を持つことも大事だと考えている。
第四章にあった「教育という営みには夢やロマンが必要であるが、現実から逃避した「きれいごと」の教育論が優勢になってしまうと、そのデメリットには目が届きにくくなる」という言葉が印象的であった。
本書では、その論争の主軸となった各氏の主張を細かに取り上げ、その対立点や類似点などを明確にしている。
「実際に学力は低下しているのか?」「学力低下論争で得をしたのは誰か?」など、筆者自身の視点による切込みもおもしろい。
専門的な内容も多く、教育に興味のある人には読み応えのある一冊。
学力低下論争ではセンセーショナルな学力低下論者の発言ばかりが目立つが、それ以外にも様々な立場から様々な主張が行われていることは論争をしっかりとフォローしていかない限り把握できない。本書はそういった意味で学力低下論争の動きを非常に適切に整理しており非常に便利である。



