現代的で、すらすらと理解できる翻訳です。
オースティンをはじめて読む人には、お薦めだと思います。
ただ、地の文などで、あまりにも品性を欠いた形容詞を使用しているところが
あり、また会話文などの敬語の使い方にも少々の疑問を感じました。
対してあまりに「英文和訳調」と批判されてる河出文庫版ですが、
こちらでは言葉遣いや品性は、とても満足できるものです。
いろいろと翻訳を読み比べてみるのも楽しいと思いますよ。
高慢と偏見 上 ちくま文庫 お 42-1
ジェイン オースティン/Jane Austen/中野 康司
価格: ¥998 (税込) 文庫 出版社: 筑摩書房 発売日: 2003/08 ISBN: 4480038639 おすすめ度: ![]() Amazon ランキング: 59766位 発送可能時期: 通常24時間以内に発送 ![]() |
この作者の作品を読むのは初めてでしたが、とても面白いと思いますし、訳もわかりやすいです。主人公のエリザベスの鋭い観察眼には思わず笑ってしまいます。他の姉妹達も、読んでいる限りでは、それぞれ個性が違うのですが、とても愛らしく、魅力的に感じました。作者の、登場人物達に対する性格の表現方法が面白く、皮肉っぽく、一読の価値ありだと思います。続きが楽しみです。
私も下のレビュアーの方々と同じ感想をもちました。実に英語が素晴らしい!そしてその翻訳も難しい。最近のアメリカ映画になったものも見ました。そして、やはりブンガク作品とは詰まる所、文章を読むものなのであるという感慨に浸りました。イギリス版清少納言のようなキレの良さ。ユーモアのセンス。社会に対する鋭い洞察。そして女として生まれた運命。全てが無駄なくそして余裕を持って描かれています。
オーステインは「家族を楽しませようと思って書いた」という名言を残しています。だからこそ語り口が親しい。そして思いやりがある。気取らない。読者も彼女の家族になったような気がする。いろいろな結婚にまつわる世の中の矛盾、女性蔑視、階級、そして財産。そういった話題について頭のイイお姉さんからイギリス流を伝授されている気分になる。そしてここに登場する男達のユーモアのセンスが最高!お父さんやミスター・ダービーみんな面白くて大好きです。結婚するならイギリス人?もう日本人と結婚しちゃったなあ〜・・トホホ。
オーステインは「家族を楽しませようと思って書いた」という名言を残しています。だからこそ語り口が親しい。そして思いやりがある。気取らない。読者も彼女の家族になったような気がする。いろいろな結婚にまつわる世の中の矛盾、女性蔑視、階級、そして財産。そういった話題について頭のイイお姉さんからイギリス流を伝授されている気分になる。そしてここに登場する男達のユーモアのセンスが最高!お父さんやミスター・ダービーみんな面白くて大好きです。結婚するならイギリス人?もう日本人と結婚しちゃったなあ〜・・トホホ。
外国作品は翻訳によってその作品の雰囲気を伝えられるかどうかが決まってしまう。この中野康司訳は、わかりやすさではほかの翻訳に群を抜いているが、作品の雰囲気や趣を伝えるという点では劣る。と言うのも、わかりやすさを心がけるあまり、意訳しすぎて、原作者の言い回しなどが伝わってこないのだ。私は同じ中野でも中野好夫訳(新潮文庫「自負と偏見」)を買って読み、こちらは図書館で借りて、わからない部分を読んだ。
ジェーン・オースティンの作品は「Emma」を一番最初に読んだが、この作品にしろ、エマにしろ、非常によく構成が練られていて、一見関係ないような話があとになって意味を持ってくることがよくある。それだけ伏線が多様に張られていることだと思うが、そこがオースティン作品のおもしろさの一つだろう。
ジェーン・オースティンの作品は「Emma」を一番最初に読んだが、この作品にしろ、エマにしろ、非常によく構成が練られていて、一見関係ないような話があとになって意味を持ってくることがよくある。それだけ伏線が多様に張られていることだと思うが、そこがオースティン作品のおもしろさの一つだろう。
映画化された作品あるいはBBCのドラマを見てからこの小説を読んだ、あるいは(私のように)再読したという人は少なくないと思う。画像はいずれも美しく、簡約もよくできていて楽しい。また視覚によって改めて教えられることも少なくない。しかし最大の楽しみはやはりすべてを網羅した原作を読むことによって得られる。
登場人物は画面では挨拶にお辞儀をする。これは今では完全にすたれた風習である。身分の高い者には十分な敬意が払われる。人間関係にあっては正しい教養や言葉遣いが形式主義(マナリズム)になって現れている。富も最高のものは都会のビジネスではなく、広大な所有地に裏付けられた世襲財産でなければならない。有利な遺産相続や玉の輿に乗ることが処世上の一大事である。
読者は窮乏が目前に迫っている一家とその5人の娘の一人であるヒロイン、エリザベスの運命を追いながらこのような旧弊な社会に目を開かれる。彼女の無教養で饒舌な母親の描写には容赦がない。閉ざされた村落の生活はこのような彼女たちの交わす噂話によって成り立っていたと想像される。
エリザベスはこのような世界の住人である。それでいておそらくその作者も実際には見ることがなかったであろう遥か後の時代を呼吸している。彼女のような考えの持ち主は少なくなかったに違いない。しかし多くの者は現実の壁の前に妥協しあるいは挫折した。
「高慢と偏見」の双方の持ち主はすべての理想的な条件を兼ね備えた相手方であるダーシーでなければならない。しかし「高慢」は「プライド」から来ている。となればそれはエリザベスのものである。熟考した末に「プライド」を「自負」とした翻訳者もいる。
登場人物は画面では挨拶にお辞儀をする。これは今では完全にすたれた風習である。身分の高い者には十分な敬意が払われる。人間関係にあっては正しい教養や言葉遣いが形式主義(マナリズム)になって現れている。富も最高のものは都会のビジネスではなく、広大な所有地に裏付けられた世襲財産でなければならない。有利な遺産相続や玉の輿に乗ることが処世上の一大事である。
読者は窮乏が目前に迫っている一家とその5人の娘の一人であるヒロイン、エリザベスの運命を追いながらこのような旧弊な社会に目を開かれる。彼女の無教養で饒舌な母親の描写には容赦がない。閉ざされた村落の生活はこのような彼女たちの交わす噂話によって成り立っていたと想像される。
エリザベスはこのような世界の住人である。それでいておそらくその作者も実際には見ることがなかったであろう遥か後の時代を呼吸している。彼女のような考えの持ち主は少なくなかったに違いない。しかし多くの者は現実の壁の前に妥協しあるいは挫折した。
「高慢と偏見」の双方の持ち主はすべての理想的な条件を兼ね備えた相手方であるダーシーでなければならない。しかし「高慢」は「プライド」から来ている。となればそれはエリザベスのものである。熟考した末に「プライド」を「自負」とした翻訳者もいる。



