恋愛の格差 (幻冬舎文庫)
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結論は収入がキチンとしてないと、社会的な行動である恋愛も
出来ないといっているだけです。
親元から自立してないと、セックスする空間がカーセックスかラブホに
なってしまい、恋したい人は困るはずだと考察するのも、
当たり前ことで、親爺の説教の範囲です。
この本を買って変わる人はないと思います。
展開される議論には正しい面も多いと思うのですが、何故かすんなりと共感できません。
それぞれが自立したタフな人間になっていくことの必要性はわかるのですが、皆がみなそんな人間にならなければいけないのでしょうか。そうなることで現在の諸問題は本当に解決されていくのでしょうか。
私にはどうしてもそうは思えないのです。
しかもこの本には、すでにタフな人間から「もっとタフにならなきゃヤバイぞ」というメッセージが示されるだけで、「弱いものがタフになるためにどうすればよいか」というヒントは一切示されていないのです。
結局この本を共感を持って読むことができるのは、すでに経済的にも安定したタフな人間だけであって、そうでない人にとっては頭ごなしにものを言われているような印象が強いのではないでしょうか。
常に自立してタフに生きようとしてきた村上龍さんには、サラリーマンや引きこもりや依存について当事者の状況を想像することは不可能で、平等なものの言い方をすることはできないのではないかと思います。
この本を読んで前向きになったり生き方を見直したりする人はまずいないでしょう。村上さんは、いったい誰に何を言いたかったのでしょうか、疑問です。
もう少し、人に対するやさしい視点があればずいぶん感じ方も違ったと思うのですが。
なるほどと思う話もあったり、村上龍はこんな風に感じるのかと思ったり、感じ方もひとそれぞれだと思います。
本文中で自ら何度も書いていますが、恋愛エッセイなのに、視点が非常に社会的です。
女性の書く恋愛エッセイの方が世には多くありますが、比較してとても客観的であることが、私には読みやすかったです。
女性の著者の場合は、同性であるが故の意見の相違を強く感じてしまうから。
自立していなければ恋愛できないという理論の構造がこんな感じかと思いますが「自立→社会/経済情勢→歴史/コミュニケーション(国民性)」、確かにそいういうところはあるかも、と思いました。
こんな感じなのであまり押し付けがましさは感じずに読めたのがよかったです。



