流れゆき、飛び去るちぎれ雲のように、軽快な文章展開。なんの抵抗もなく、快く読み流すことができる。重厚な小説に読み慣れていて、含蓄のない文章として批判するのも自由であろう。しかし、誰にも分かり易い、現代的な筆致と言えば、その最先端をいくような作品だ。
ここでは、長短13章の「語り手」の変化に注目するのも、作品鑑賞の手だてになるかもしれない。そこには、作者の工夫がうかがえるので、簡単にまとめてみてみた。
1章…語り手「僕」は転校生の宏樹。仲のよい武志・薫との出会い。三人はいつも一緒だったが、武志への嫉妬、薫への恋心に揺れる。
2章…語り手「私」は薫。宏樹も武志も共に大好き、この関係を「聖三角形」と名付ける。
3章…語り手再び「僕」、この関係が破綻しそうになる。
4章…語り手再び「私」、武志との結婚が近づく。宏樹のことを心配していたが、逆に武志に「あんなことが起こる」
本作品は、原作という名のもとにシナリオを前提にしたメモ書きかもしれない。多くを期待しない方がよかろう。ドラマチックに作り上げられたものとはいえ、今時めずらしい「聖愛」が風とともに、平成の空に吹き抜ける感じである。
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天国は待ってくれる
岡田 惠和
価格: ¥1,260 (税込) 単行本 出版社: 幻冬舎 発売日: 2006/12 ASIN: 4344012658 おすすめ度: ![]() Amazon ランキング: 284989位 発送可能時期: ![]() |
「彼女たちの時代」「夢のカリフォルニア」「あいのうた」の岡田氏が小説を書いた。恋愛もののドラマが量産される現代にあって、友情や家族愛といった繊細な感情を描いて冴えを見せた脚本家の手になるだけに、私はかなりの期待を抱いて本書を読み始めた。
結論から言うと、はっきり言って失望した。岡田氏はト書きを散文にしさえすれば小説になると勘違いしていたのではあるまいか。脚本家は「お祭りの土台」だと岡田氏は言っている。「実際につくるのは、スタッフでありキャスト」であると(『あいのうた シナリオ集』)。脚本はそれだけで完全である必要はない。俳優たちがそれをもとに自分の演じる役を解釈し、演出家がそれを統括する。脚本はそのための手がかりになればいいのである。しかし、小説となるとそうはいかない。土台にとどまってはならず、それ自体で完成した一つの作品でなければならないのである。
たとえば本書には主役三人の関係をあらわすものとして「聖なる三角形」という表現が頻出する。このようなことは具体的なエピソードを通して読者がそれと感受できるようにすべきだっただろう。それを欠いたために、説得力のない空虚な言葉としてしか私には感じられなかった。空虚な言葉を解釈し肉付けしてくれる俳優、演出家は小説にはいないのだということを岡田氏は知らなかったのか。
ほかに気になったのは、改行の多さである。ほぼ一文ごとに改行が施されると意識の集中が中断され、物語世界に没入することができない。必然性があってそうしたならいいのだが、本書の場合どうしても深い意図があるようには思われない。400字詰め原稿紙273枚の作品と言うが、その半分以上は余白なのである。
岡田氏がこれからも小説を書いていくとしたら、多くの宿題と取り組まなければならないだろう。
結論から言うと、はっきり言って失望した。岡田氏はト書きを散文にしさえすれば小説になると勘違いしていたのではあるまいか。脚本家は「お祭りの土台」だと岡田氏は言っている。「実際につくるのは、スタッフでありキャスト」であると(『あいのうた シナリオ集』)。脚本はそれだけで完全である必要はない。俳優たちがそれをもとに自分の演じる役を解釈し、演出家がそれを統括する。脚本はそのための手がかりになればいいのである。しかし、小説となるとそうはいかない。土台にとどまってはならず、それ自体で完成した一つの作品でなければならないのである。
たとえば本書には主役三人の関係をあらわすものとして「聖なる三角形」という表現が頻出する。このようなことは具体的なエピソードを通して読者がそれと感受できるようにすべきだっただろう。それを欠いたために、説得力のない空虚な言葉としてしか私には感じられなかった。空虚な言葉を解釈し肉付けしてくれる俳優、演出家は小説にはいないのだということを岡田氏は知らなかったのか。
ほかに気になったのは、改行の多さである。ほぼ一文ごとに改行が施されると意識の集中が中断され、物語世界に没入することができない。必然性があってそうしたならいいのだが、本書の場合どうしても深い意図があるようには思われない。400字詰め原稿紙273枚の作品と言うが、その半分以上は余白なのである。
岡田氏がこれからも小説を書いていくとしたら、多くの宿題と取り組まなければならないだろう。
心がくるしい。何故なら主人公3人が三角関係ではなく『聖三角形』だからだ。この聖三角形は誰かが自分の気持ちを伝えてしまうと崩れてしまう気がしてならない。 宏樹が小学生の頃、武志、薫のいる築地へ引越して来てからいつも一緒だった3人が、それぞれある想いを抱えたまま大人になった。前ほど3人で会えない環境に淋しさを感じる武志。そしてある日、何かを急ぐ様に突然武志は薫にプロポーズをする…それも宏樹の目の前で。そしてその後、武志は交通事故に合い…。
話は夫婦となった宏樹と薫が、自分達の子供に話をする口調で進みます(なぜ子供に、なのかは一番最後に分かります)。とにかく切ない。薫と宏樹が語る武志が特に切なく、一番やんちゃで頑固でまっすぐで、この聖三角形を最初に崩したのも武志なのに、ラストで3人は今でも『聖三角形』なのだと思わせたのも武志でした。…意味が分からないかもしれませんが、読めば納得していただけると思います。脚本家が書く本だからなんだ。私は素直に感動しました。読んで、よかった。映画も公開されるみたいですが、あの本の中の雰囲気が保たれてるなら、是非見にいきたいです。
話は夫婦となった宏樹と薫が、自分達の子供に話をする口調で進みます(なぜ子供に、なのかは一番最後に分かります)。とにかく切ない。薫と宏樹が語る武志が特に切なく、一番やんちゃで頑固でまっすぐで、この聖三角形を最初に崩したのも武志なのに、ラストで3人は今でも『聖三角形』なのだと思わせたのも武志でした。…意味が分からないかもしれませんが、読めば納得していただけると思います。脚本家が書く本だからなんだ。私は素直に感動しました。読んで、よかった。映画も公開されるみたいですが、あの本の中の雰囲気が保たれてるなら、是非見にいきたいです。
ページ数が少ないのですごく読みやすくて、一日で読んでしまいました。
短いのに、三人で過ごした日々が鮮やかに書かれていて、まるで自分の頭の中で映画が出来上がってしまったようでした。三人の関係や宏樹の優しさが本当に切なくて、読んでいる間涙が止まりませんでした。
二月公開の映画が更に楽しみになりました!!
短いのに、三人で過ごした日々が鮮やかに書かれていて、まるで自分の頭の中で映画が出来上がってしまったようでした。三人の関係や宏樹の優しさが本当に切なくて、読んでいる間涙が止まりませんでした。
二月公開の映画が更に楽しみになりました!!
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