アイ・アム・ア・ウーマン
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どうしようもない嘘つきで、お金にも女にもだらしなく、自立できていない黒人男性・ジョセフ。一体彼女は彼の何が良くて離れられなくなったのか。身も心もぼろぼろになりながらも、やはり元に戻ることを繰り返すこと数知れず。人生のある時期、こうした恋愛に溺れる気持ち、わからないでもないけれど、主人公が40に手の届く大人の女だけに「早く目覚めなさい!」とはらはらしました。彼女が友人だったら、ビンタしてるかも。
タイトルからして前向きに生きようとする女性を描いたのかなと、勝手に思ってしまったのがいけなかった・・・お金、性、暴力、うわあ、こんなにドロドロの話だったのかあ、と読み終わった後、しばらくは胸焼け状態。特に男が女を殴るなんて最低。そんな男となかなか別れられない女は共依存症(この人には自分がいないと駄目なのだと思ってしまう)男も女も心を病んでる物語、って感じがした。DVの経験者の私としては読まなければ良かった本。
1晩で読んで、もう1度読みました。大人じゃないと書けないストーリーで、大人じゃないと分らないとストーリーだと思います。
ところで、この本との出会いは、私がNYに住む独身女性を描いたいわゆる“負け犬”ドラマ「SEX AND THE CITY」にはまっていて、そこに出てきた映画「追憶」をレンタルして返却しに行った後、立ち寄った本屋で見つけました。偶然にもこの小説の中でも映画「追憶」が出てきたことに、びっくり。映画の主人公は、ラストで「自分はずいぶんと我慢強くなった」とかつての恋人に語っているんですけども、この小説にキーワードとして出てくる「強くなる」とは、我慢強さという種類のものなのでしょう。主人公である女と彼女を騙す男との話だけではありません。独身でいることは気楽であり、がけっぷちであるということがリアルにきっちりと書かれています。
考えてみれば、谷村志穂さんのデビュー作は“負け犬”を描いたノンフィクションでした。彼女こそ“負け犬”の元祖なのかもしれないですね。そんな谷村さんだからこそ、今描けるストーリーだと思いました。
最近、この手のテーマの女性作家の作品、やたら多いんですけど、流行りなんでしょうか?いわく、どうしようもなくダメな男に入れ上げる女の恋愛。それも、『アイ・アム・ア・ウーマン』の場合は心と体だけでなく、金も入れ上げるという最悪のパターンです。マユミと黒人ミュージシャンのジョセフとの1年ちょっとの物語。周囲が絶対にやめておけという男のキャラはいつも大体同じ。口がうまい・女たらし・見た目がよい・金がない・マユミはジョセフから離れられないというけれど、今ひとつその描写にもエロスの匂いがしない。貢がされた金も半端でなく、いくら作詞家といえど特別売れっ子でもない設定なのに、現実味がない。ジョセフが途中、精神的な病に冒されるのも都合よすぎないか?読んでる途中で、なんだか一種のDVのような関係なんだろうな~と思い至りました。こんなにも金と嫉妬とセックスだらけで、それを書かなくてはならないものなのか・・・“I am a woman”の一言を言うためにマユミが払った代償は余りにも大きすぎるような気がします。
~主人公のマユミと黒人のアーティストジョセフとの物語、もちろん書き下ろし。読み方によってはジョセフに腹がたつか、マユミに「おいおい」とつっこみをいれたくなるか、ちょっと普通の生活者には信じられないことばかり。こんなに金を持っているわけないじゃんとも思う、う~ん全体的に嫌みに読めるかもしれないねこりゃ。
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ジョセフは悪気はないのだが奔放で、下半身にだらしがなく「君はぼくのwoman」なんだからを連発する、さらには「シュアしよう」というジゴロもしくは「ひも」の存在。彼に振り回されながらマユミはだんだんと自分を見いだしてくる。だらだら生きているのではなく、意思表示を示してたくましくなっていく様が痛快だ.。女性が一度は経験するかもしれないことをも~~のすごく濃く描いている。タイトルは「a woman」であるが読後感として「the woman」でもいいなあと思う。
本文に入る前に一言書かれている「女友達へ」と。これが読者に対しての言葉であると思うとつい友達に電話をしたくなる女性も多いと思います。~



