無名
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さて、この本は父のことを書きながらも、沢木自身のことがたくさんカミングアウトされていて興味深く読みました。例えば東大を受験して落ちたこと、小説を書いていたが断念したこと、就職1日目で退職したこと、大学在学中に「作品」を世に出したいと思っていたことなどなどです。
特に最後の「世に出したい」については、彼にも「有名になりたい」という気持ちがあり、それが創作活動を支えてきたのだと妙に安心してしまいました。淡々とした文章から何となく彼は世俗的なことには執着しない人のようなイメージのあったので。
父の死と遺された俳句を句集に編む過程を綴りつつ、この本に一貫して流れているのは無名のまま亡くなった父の心情を不思議に思う気持ちです。なぜ父は、これほど達観していられたのか。なぜ経済的には不遇な生涯を送りながら、淡々と生きることができたのか。有名になった自分は父より恵まれているかもしれないが、果たして父のような安寧な境地に達することができるのだろうか。
有名になりたいと希求しながらも、大多数の人々が無名のままその生涯を終えていくのが現実ですが、沢木の父の生き方はそんな執着心とは別の次元にいて、しかも幸福なのです。
この作品は、父の生き方、考え方を述懐し、父からの影響、父と自分の関係、父と自分の違いに思いを馳せ、結果的に沢木自身の生き方、考え方をも浮かび上がらせている。
沢木は幼い頃から父親の膨大な知識量に畏怖の念を抱いて育つ。その父親は若い頃の一時期、小説家を目指したこともあったが、自己顕示欲、執着心の無さから「無名」のままの生涯を終えることになる。沢木は「父に有名性への憧れはなかったのだろうか。(あったとしたらそれがなくなったのは)いつのことなのか、私にはわからない」と綴っている。しかし、それは息子がジャーナリストとして名を成した事と無関係ではないはずだ。この親子の関係は一見他人行儀にすら見えるが、文学を、映画を、スポーツを、酒を、さりげなく教えたのは紛う方なく父親であり、また死に際して発見された俳句には常に息子の動向を気にかける父親の眼差しがある。数少ない父親の文章が沢木そっくりであるくだりには読んでいて鳥肌が立つほどで、“親子の不思議”を感じずにはいられない。
「無名」の父のDNAは確実に息子に受け継がれている。父の死によって、そのことをあらためて知る。うらやましい親子の関係がここにはある。
この本を見つけて電車で読みました。
彼が感じたこと、考えたことをタイムリーに感情移入しました。
ノンフィクション作家である著者は、今まで取材相手の人生について肉親以上の根気よさで聞いてきたが、身内である父の話をまったく聞いていないことに罪悪感のようなものを覚えていた。仕事が比較的に楽になってきた頃、天の配剤のように父の看病の日々がはじまる。
病状が悪化するなか、少しでも父が生きる気力を強くしてくれるように、父の俳句を本にまとめることを提案する。そして父の作品を読み返す中で、今まで知らなかった父の一面に驚かされもする。
無名の庶民として生きた父は金銭的にも恵まれず、子供たちは経済面で苦労したが、決して父のせいにはしていない。しかし話がそのことに及ぶと、父は「何も……できなかった」と言った。子供たちがどう思ってくれようと、父としての思いはまた別のものだっただろう、と返す言葉もなく、ただ顔をみつづける著者。
若き日に父と衝突すること、そして父を乗り越えることは男として通過しなければならない成長の過程だと言われる。父の死を目前にして、著者は父が自分の反抗の対象でなくなった頃を思い出し、あらためて父の人生に思いを致す。
沢木耕太郎が書いた文章には、どの作品にも哀しげな通奏低音がゆっくりと奏でられているように感じる。そんな著者の語り口が、いつもの静かな調子と違って突然悲痛に叫ぶ口調になる場面があった。「父の話を聞いてどうしようというのか……。」「父が、死ぬ。私はうろたえた。父が死ぬということにうろたえたのではなかった。父が死ぬということのあまりの実感のなさにうろたえたのだ」
「死」に向き合うのだからメデタイ内容ではない。が、本書から伝わってくるのは、最後の日々を父と向かい合うことができた著者の充足感だ。「ただ死を死として受け入れてくれる家族がいれば、それでよかった」と。



