![]() |
ヤスケンの海
村松 友視
価格: ¥1,680 (税込) 単行本 出版社: 幻冬舎 発売日: 2003/05 ASIN: 4344003470 おすすめ度: ![]() Amazon ランキング: 258648位 発送可能時期: ![]() |
ヤスケンは小出版社・竹内書店からの、「異例の入社」だったのだが。その理由は。村松が当時の『海』編集長と対立し、異動願いを出したため、安原が「代理要員」としてスカウトされたのだった。
だが、村松は入社した安原と親しくなってそのキャラを把握し、「こいつを、一人で放置してはまずいことになる」と考え、「異動願い」を撤回したのだという。
この「対立した編集長」が初代で、有名な塙嘉彦編集長は3代目だとか。それで、この人は、東大仏文での大江健三郎の親友なのに・・。その編集長が来てすぐヤスケンは、「レコード芸術」誌の連載コラムに大江を罵倒する文を書き、大江から、中央公論社の社長あてにクレームの手紙がくる騒ぎになっている。
とまあ、そういう「いい加減でアバウト」だけど「文学や音楽には真摯な人」ヤスケン。
それを象徴するのが、次のエピソード。ヤスケンは髭をはやしいたが。その理由は、太った体形が「おばさん」的で。ある時、すれちがった女子高生に「今のおばさん、おじさんみたいだね」といわれてショックを受けたからだという。「こういう、本質的な解決になっていない、安易な方法が実にヤスケン的なのだ」と村松は書いている。
それと印象的なのは、ヤスケンが学生時代に同棲して、後に結婚した、ひとつ年上の「筑土まゆみ」という奥さん。この人の父親は、僧にして宗教民俗学者の筑土鈴寛という異色の研究者だったらしく、「ヤスケンよりずっと、スケールの大きな人物」と村松は、ベタボメで書いている。
この「筑土まゆみ」未亡人、武田泰淳がなくなったあとの武田百合子みたいに、文章書かせたら、いい文章書くんじゃないかなあ。
これは確かに弔辞かもしれない。けれどこのくらいすごい弔辞に値する編集者はもう出てこないかも知れないじゃないか。
しかし読み直してみると村松氏と安原氏の褒め合いの域を出ていないように思い、真実を掘り下げる目は『作家装い』を超えていないように思える。
帯の愛す「べき」という表現や、直木賞に対する本書の表現からも、かつての反文壇を標榜していた村松氏の立場の変化が伺える。
中公が沈みそうになってから構想を練り、読売の傘下に入って安原氏が亡くなった現在の商機を狙って幻冬社が出した本だと思う。
それだけの期間でも、この品質で「366枚」書けるんだぜという、村松氏の安原氏への弔いの文章であると私はレビューする。
村松友視の文章は、手堅く抑制が効いており、最初の場面の展開から見事に読者を掴んでいます。何ら違和感なく次々と章を進んでゆくことができましたし、一度も文章の読みにくさなどを感じませんでした。ラストも不思議な明るさを伴った申し分ないものです。また、『レコード芸術』に載った安原の大江健三郎・小田実へのコキオロシ文章を全文掲載してくれたことも嬉しく思います。こうした経緯を一つ一つ追ってゆかなければ安原顕の全体像に近づくことはできませんから。
そして何よりも面白かったのは、中央公論社という大出版社での人事・営業・社益・作家との付き合い、などといったものが複雑に絡み合う世界を描いてくれたことです。これは中央公論社だけの実情ではないでしょう。
親友の村松友視といい、妻の筑土まゆみといい、その他大勢の安原顕に関わった人物は魅力的な人間でした。良き友人(妻も含めて、というより妻を友人の筆頭として)に恵まれるというのは安原顕の最大の才能だったのかもしれません。安原顕を編集者としては『天才』だとは私は思いません。彼が評価した辻邦生とか吉本隆明だとかは、私の分類では立派なクズの棚に入ります。しかし、こと『友人集めの才能』に関してなら彼は天才だった、というのが村松の本を読んで理解できます。
安原顕は肺癌で死ぬ二月ほど前に、『通販生活』という雑誌でインタビューを受けています。そのテーマは「禁煙の偽善性について」(本書236ページ)
タバコのためち?死ぬことを承知で、死の間際に至ってもタバコを擁護した(らしい)安原顕の姿勢は、『敵』ながら天晴れ、と言わざるを得ません。葬儀の写真も、片手に煙をくゆらせるタバコを挟んだ安原の笑顔の写真だったというのですから、彼は何も後悔はしなかったでしょう、63歳の若さで死ぬことに。
→この本の書評を書く



