深夜、裏通りのバーでかつてのクラスメートの到着を待つ40才の男女5人。
雪に祟られ遅れに遅れたその旧友「田村」を待つ間に彼らの心の内を去来する「あれや・これや」が思いの他、クールなタッチで描かれております。
最初は5人それぞれがバトンを受け渡しながら「田村くん」との思いでを中心に物語を進めて行くのかと思いきや、それは第一エピソード「田村はまだか」のみ。
後はバーでクダを巻きながら各人が語るそれぞれの人生のエピソードで「田村くん」とは直接には関係がない。
ただ、そんな彼らを外から眺めるバーのマスター(こちらも何かと「訳あり」)の存在感と誰からともなく発せられる「田村はまだか」というコールが物語の輪郭に効果的なアクセントを加えております。
何となく「イイ話OR泣ける話」っぽい売り方をされている雰囲気もありますが実際はそれほど甘い話ではなく、その部分を期待外れと感じる方も多いのでは?
人生の折り返し地点辺りに差し掛かった男女5人、きれい事だけで済ませられるはずもなく、語られるエピソードは赤裸々であったり身も蓋もなかったりします。
ただし、決して嫌味な話ではなく、説教臭さもほとんどありません。
それでいて描かれるエピソードはどこか「ぬるり」としたリアルさがあって読ませます。
個々のエピソードは好き嫌いが分かれるところだが筆力は確かな物を感じさせますし脇のキャラの造形も上手い(特にバーのマスターと会社勤めをしながら「隠居している」二瓶さん)。
「田村さん」の到着をめぐるラストエピソードの展開には意見が分かれそうですが落とし所としては後味の良さを含めて嫌いじゃないです。
田村はまだか
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小学校時代の田村は、家庭的に恵まれているとは言えなかった。
だが彼は、小学校の頃から常に前向きに生きていた。5人の語る
田村のエピソードには心温まるものがある。そんな田村だから、
5人が必死に待っている田村だから、いつ田村が現れるのかと、
読みながらワクワクしてしまった。私も彼らと一緒に田村を
待つ気分になる。
小学校時代から20数年。さまざまな人生を送ってきた5人だったが、
彼らは思っていたに違いない。「田村に会えばあの日に戻れる!」と。
「田村はまだか。」彼らは呪文のように言い続ける。そして・・・。
ラストは、本の帯に書かれているような「怒濤の感動」とまでは
いかなかったが、ほのぼのとしたものが心に残った。
だが彼は、小学校の頃から常に前向きに生きていた。5人の語る
田村のエピソードには心温まるものがある。そんな田村だから、
5人が必死に待っている田村だから、いつ田村が現れるのかと、
読みながらワクワクしてしまった。私も彼らと一緒に田村を
待つ気分になる。
小学校時代から20数年。さまざまな人生を送ってきた5人だったが、
彼らは思っていたに違いない。「田村に会えばあの日に戻れる!」と。
「田村はまだか。」彼らは呪文のように言い続ける。そして・・・。
ラストは、本の帯に書かれているような「怒濤の感動」とまでは
いかなかったが、ほのぼのとしたものが心に残った。
ススキノの片隅のあまりぱっとしないカウンターバー「チャオ」に高校のクラス会の流れで男3人、女2人が飲んでいる、卒業以来28年ぶりというからそれぞれ40歳前後、マスター花輪春彦は47歳それとなくはやした無精ひげが似合う苦みばしったいい男、客はこの5人だけ、時刻はそろそろ深夜12時で、クラス会には出席できなかった田村を待っているというまるで一幕物の芝居のようなシチュエーションでこの洒落れた小説は始まります。
それぞれ家庭があったり、独身であったり、離婚していたりとそれなりの人生を経てきた年齢、まだまだという若さ自慢も、いやいやもう年だねという老け自慢もともに似つかわしい年頃です。酔いがまわるにしたがって小学校から一緒だった彼らの思い出が語られ始めます。先ずはまだ到着していない田村にかかわる思い出話が語られ始めます。母子家庭で小学生の頃から孤高で存在感があったという田村は、クラスでやはり周囲と打ち解けることができない女の子が「どうせ死ぬんだ」といって泣き伏した時に「どうせ死ぬから、今、生きているんじゃないか」と哲学的なセリフを言って皆をびっくりさせ、なお泣きじゃくる女の子に好きだよといいます。読み進むとこの二人は結婚したことがわかります。
それを契機にマスターを含めた6人はそれぞれこれまでに出会った人とのほろ苦い体験を語ったり、あるいは皆にはきかせられない密かな思い出に一人浸るのですが、それはどこかで田村や田村がいた時間とつながっています。そして思い出の主人公が変る度に、誰かがそれにしても「田村はまだか」といって舞台はまた夜更けのバーのカウンターに戻ってくるのです。
そして一渡り全員のエピソードが語られてもまだ田村は現れず、ここで最終章に引き継がれるのですが、残念ながら帯に書いてある慟哭のラストなんて感じではなくやや同級生同士の懐かしい昔話交歓で終わってしまって惜しいなと思いました。
それぞれ家庭があったり、独身であったり、離婚していたりとそれなりの人生を経てきた年齢、まだまだという若さ自慢も、いやいやもう年だねという老け自慢もともに似つかわしい年頃です。酔いがまわるにしたがって小学校から一緒だった彼らの思い出が語られ始めます。先ずはまだ到着していない田村にかかわる思い出話が語られ始めます。母子家庭で小学生の頃から孤高で存在感があったという田村は、クラスでやはり周囲と打ち解けることができない女の子が「どうせ死ぬんだ」といって泣き伏した時に「どうせ死ぬから、今、生きているんじゃないか」と哲学的なセリフを言って皆をびっくりさせ、なお泣きじゃくる女の子に好きだよといいます。読み進むとこの二人は結婚したことがわかります。
それを契機にマスターを含めた6人はそれぞれこれまでに出会った人とのほろ苦い体験を語ったり、あるいは皆にはきかせられない密かな思い出に一人浸るのですが、それはどこかで田村や田村がいた時間とつながっています。そして思い出の主人公が変る度に、誰かがそれにしても「田村はまだか」といって舞台はまた夜更けのバーのカウンターに戻ってくるのです。
そして一渡り全員のエピソードが語られてもまだ田村は現れず、ここで最終章に引き継がれるのですが、残念ながら帯に書いてある慟哭のラストなんて感じではなくやや同級生同士の懐かしい昔話交歓で終わってしまって惜しいなと思いました。
結局 皆、どこかで、
孵卵器のなかのたまごを電球にすかしたときに浮かびあがる、糸くずみたいな血管
の様な
か細く薄く頼りない、だけど強い絆で繋がっているんだねぇ
マスターは補足としてこれを記してくれるだろうか?
孵卵器のなかのたまごを電球にすかしたときに浮かびあがる、糸くずみたいな血管
の様な
か細く薄く頼りない、だけど強い絆で繋がっているんだねぇ
マスターは補足としてこれを記してくれるだろうか?
小学校クラス会の三次会に流れる四十歳の男女五人。クラス会に間に合わなかった「田村」が来るのを待ちながら各人が過去に思いを馳せる。
人生の約半分が過ぎて感じる自分の将来ポジションについてのあきらめ、子供時代についての懐旧等自分自身同世代ゆえに登場人物の思いに共感するとともに、そのリアルさに心を抉られるような感じ。ラストはちょっと甘い感じだが、同世代への応援歌として受け止めたい。
人生の約半分が過ぎて感じる自分の将来ポジションについてのあきらめ、子供時代についての懐旧等自分自身同世代ゆえに登場人物の思いに共感するとともに、そのリアルさに心を抉られるような感じ。ラストはちょっと甘い感じだが、同世代への応援歌として受け止めたい。



