「ありふれた町の、ふつうの人々の、すこしズレた日常」←オビ
まさしくそんな感じ。短編10なんですが、
小さな町ですれ違う人々。
自分から見た相手。相手から見た自分。
勝手に膨らませた妄想。妄想を上回る変さ(笑
変だけど、なんとか止まっている。でも一歩間違えば・・・
日常生活って本当に危ういバランスの上でなりたっていて、
ちょっとしたことで壊れてしまうのかも知れません。
ニュース見てると、あっ、バランス崩れて、一歩踏み出しちゃったねって人がたくさん。。。
トリップ
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なんとなく都会に住む若い人を描くのが上手い作家さんだと思っていましたが、この作品では見事に中年の姿も描ききっています。どこの町にでもありそうなちょっとセンスの悪い喫茶店やいつからそこにあったのか忘れるくらい前からある肉屋さん、などなどこの作品を読むまでは日常の風景のひとつとなっていて、それぞれそこにたどりつくまでのドラマがあるということを忘れていました。
どんな人にも過去があり、未来がある。そんな当たり前のことを今一度思い出させてくれる作品です。
どんな人にも過去があり、未来がある。そんな当たり前のことを今一度思い出させてくれる作品です。
さびれた町の片隅で、現実に上手く折り合えずに生きている人たち。
すれ違ったあの人は、あんなに幸せそうに見えるのに。
と思ったら、次の章では、その幸せそうに見える人の壊れそうな日常が描かれていて、少しずつ話がつながりながら、続いていきます。
11章目に入るのは、私自身の物語かも知れない。
そんな風に思わせてしまうほど、登場人物それぞれの感情がリアルで、身につまされる。
普段見て見ぬフリをしている虚無感、違和感に気付かされる。暗い話なのに、みんな同じだなぁと奇妙な連帯感を感じさせてくれます。
すれ違ったあの人は、あんなに幸せそうに見えるのに。
と思ったら、次の章では、その幸せそうに見える人の壊れそうな日常が描かれていて、少しずつ話がつながりながら、続いていきます。
11章目に入るのは、私自身の物語かも知れない。
そんな風に思わせてしまうほど、登場人物それぞれの感情がリアルで、身につまされる。
普段見て見ぬフリをしている虚無感、違和感に気付かされる。暗い話なのに、みんな同じだなぁと奇妙な連帯感を感じさせてくれます。
「ありふれた町の、ふつうの人々の、すこしズレた日常」と、オビにあります。連作短篇の形で10の話が、ゆるゆるとかぶりながら続いて、「ありふれた町」に住む、深くは関わりのない人たちが語られていきます。普通の暮らしを営みながら、その日常に忍び込んでくる「ズレ」とは?有り体にしかいえないけれど、“不足感”“喪失感”“虚無感”など・・・。でも、そういった言葉とイコールで結べるほど、はっきりとしたものでもない。心が重い、満たされない、ここでないどこかへ逃げられるなら逃げたい、なんのために生きているか、働いているか、毎日をこなしているかわからない、心の声を聞きながら暮らす人たちが、どの章にも登場します。読んでいるうちに、これって自分の中にある小さな一つ一つの感情と同じだと、思い当たりました。普段、押し込めて見ないようにしているもの。それに囚われていたら、日々の暮らしが滞るから。「百合と探偵」の主人公が、“そこを目指して、必死になって歩いて走って、たどりついたところは、なんだこんなところだったのか”という言葉はひとつの真実だと思います。ありふれた私、ありふれた人生。誰もが自分の内面をのぞき込めば、多少は思い当たる節があるはず・・・。そういった意味でこの本は、人が生きるということを言い当てていると思いました。
初出発表順に10の短編が並んでいる。
まるでしりとりのように前作の情景を少しダブらせながら
どこにでもありそうな新興というか沈滞地方都市に暮らす
普通の人々の日々を連作している。
まるでしりとりのように前作の情景を少しダブらせながら
どこにでもありそうな新興というか沈滞地方都市に暮らす
普通の人々の日々を連作している。
普通の人々がどうして、結構普通じゃない。
「道を踏み外し」そうな人たちなのだ。
同級生との駆け落ちに失敗する女子高校生。薬物依存の
主婦。専業主夫の三十男。大学時代の同級生を追いかけ回す、
しかしながら名前すら正確に覚えてもらえない哀れな男。
執拗にイジメたおされる花屋の小学生。喫茶店経営を
離婚条件にした中年女。
みんなそれぞれの日常に倦みながら、無難にこなして
いこうとしている。冷静に自己分析もできるのに。でも
ズレていく。
特徴的なのは各作品に食事の献立が頻繁に描かれて、
日常生活の細部が浮かび上がってくる。
うまい仕掛けだ。
後半の3作で、若干トーンが変わってくるが、通奏底音は
同じ。こまぎれのエピソードが全作品を通読した時、ひとつの
大きな塊となって新たな薄気味悪さをもたらす。
私もこの町の住人の一人なのかもしれないと。
ベッケトやイオネスコの不条理劇を観るような苦い
ユーモアにあふれる秀作です。



