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酒肴酒 (光文社文庫)
吉田 健一
価格: ¥700 (税込)

文庫
出版社: 光文社
発売日: 2006/02/09
ISBN: 4334740278
おすすめ度:5.0
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旨いものは旨い。
著者は写真で見る限り、小柄で痩せた老人であるが、本書の記述が本当ならこれは大変な健啖家である。とにかく飲んで食い、そして食って飲む。しかし、これを食道楽のファンタジーとして読むのであれば、記述の真偽などどうでもいい。酒の海に漬かりながら肴をかじり、また飲む。そこに猪口才な理屈の入り込む余地はない。ただうまいものはうまく、うまくないものについては書かなければよいだけだ。かくして本書は読者もまた一健啖家(そして大酒豪)となって、酒の海に浮かぶ夢に浸らせてくれる。
酒を美味しく飲むために美味いものを喰う?
 以前、光文社から刊行された「酒肴酒」と「続・酒肴酒」の再録本。なかなか入手できなかった本でしたが、最近また本屋に並ぶようになったのは嬉しい限りです。
 タイトルの、肴の文字が、酒の2文字にはさまれているところで、すでにご想像が付くかと思いますが、飲ん兵衛の中の飲ん兵衛の方がお書きになられたエッセイです。
 お酒を飲む場所も、その当時としては尋常でない場所や、現在では夢のような場所だったりするところも、ただの飲み助でない証左なのでしょうが、なによりも凄いのは作者なりの確固としたポリシーがあり、美味しそうな酒と肴の記憶が、著者の筆によって著されていくと共に、そのポリシーが読者にもわかるのが、ただ酒に飲まれてしまうだけの普通の飲ん兵衛とは大違いな訳です。

 お酒を愛でるようにちびりちびりとやっている間に、あれ、いつの間にか一日過ぎていたよ、なんていう飲み方が飲み助として理想。
 日本酒は、食べ物との相性や飲み方の順がある程度ある葡萄酒と違い、食前酒から食後酒まで同じ種類で通せて、しかも美味い。なんだったら、肴無しでもいける。
 酒を美味しく飲むためにおいしい肴が欲しい。
 そうかと思えば、朝と昼と夜とで別々のバーでカクテルをあつらえさせ、勿論食中にもレストランで葡萄酒のびんと懇ろになるのが楽しい。
 どこぞの地方の老舗料亭で2,3日名産品で誂えた料理の数々に舌鼓を打ったかと思えば、今でいうジャンクフードというか、良家のぼっちゃんなら子供の時に周りの人に禁じられていた類いのものの買い食いにも弱い...等々。
 表面的には、結構相反するような事を書いておいでなのではと思うものの、一貫している「自分が美味いと思っているものが美味い!それを自分が美味いと思う方法で楽しんで何が悪いか!?」という姿勢を貫いておいでの方だと思います。結局、人間の世界には身分や礼儀なんて面倒くさいものがあるものの、酒の世界には貴賎なんてものはなく、その時飲みたいものと飲みたくないものしか無いと言い切ってしまうような冷静な部分が、どんなに御酒を召し上がっても(そしてその記憶を再生しても)、この方の中にあるような気がするのが、何回読んでも面白く酔えるこの本の魅力の源ではないかと思います。

 残念なのは、ミーハー的にこの方の味の記憶をたどるべく、この本で俎上に上がったお店に簡単には行けそうには無い事。通うのにタイムマシンが必要なところがかなりありますよね。結局、著者の記憶に洗脳されたいとおもいつつも、洗脳される環境がもう無いという矛盾も、この本の魅力の1つといえそうです。お酒と食べ物をこよなく愛する読者として、想像や妄想の働かせ甲斐がありますし、味が予想と違っていたと我が侭いってがっかりする事もありませんから。
むしろ庶民に近い。
 英国文学の研究者として、英国に置ける上流社会であるとか、貴族の存在を比較的肯定的に紹介してきた著者ではあるが、こと、食と酒については、変に奢らず、「グルメ」ぶらない姿勢、「旨いものは旨い」と言い切るところは、むしろ、ややこしい形容詞を乱発するような、怪しげな比喩を乱発するような「グルメ」本とは、一味違っている。
 むしろ、読後感としては、ああ、この人は、案外庶民的に、どんなところでも旨いときかされれば気取らずに駆けつけていく「餓鬼」なのかもしれないと思った。
 もちろん、文章は、極めて格調高く、かつ読みやすい。
 このギャップが、たまらない魅力となっていると思う。

「貴族的教養」に裏打ちされた「言葉の饗宴」
 言うまでも無く、本書に収録された「グルメ情報」は現在では古びており、
実用的な役割は期待できない。ここで展開されているのは(よく知られている)
吉田の一見すれば晦渋な、しかし貴族的で高雅な文章が織りなす美しすぎる
世界であり、吉田の美食本の多くが手に入らない今、このような読みやすい
活字で組まれた文庫で吉田の「言葉の饗宴」が楽しめるのはとてつもない
贅沢だと思われる。明晰な思考と貴族的な「教養」に裏打ちされた嗜好世界が
この世知辛い世の中において保障されるのなら、(吉田が終生その必要性を
主張し続けた)「上流社会」も決して悪くないと言えるだろう。



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