イン・ザ・プール (文春文庫)
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おもしろすぎる!短編が苦手でしたが、これは主人公がずっと同じなので、短編の短所の物足りなさがなく、とっても楽しく読めました。読んだ後は気分がすっきり!笑えて感動できる傑作です!
笑わされました!読んだ途端友達に勧めました。
痛快なお話だけど、患者さんの心理描写などは丁寧で、単なるギャグ小説とは一線を隔しています。
「ともかく伊良部先生の所にいってらっしゃーい!」と思います(笑)。
最後に一言:笑っちゃいけない環境で読むと非常に苦しいのでやめましょう!
痛快なお話だけど、患者さんの心理描写などは丁寧で、単なるギャグ小説とは一線を隔しています。
「ともかく伊良部先生の所にいってらっしゃーい!」と思います(笑)。
最後に一言:笑っちゃいけない環境で読むと非常に苦しいのでやめましょう!
神経科の伊良部先生がいろいろな精神疾患の患者を治していく(?)短編集です。伊良部先生のマイぺース&マザコン&オタクキャラも良いけど、患者は先生の才能によって意図的に回復に導かれるのか、患者の日常に先生が首を突っ込み絡んでいるうちにたまたま治るのか、微妙な書き方なところも面白い。こういう奇妙な小説もアリか?
物事を深刻に考える性格の人は(私みたいに)、先生に癒され脱力すること間違いなし!
物事を深刻に考える性格の人は(私みたいに)、先生に癒され脱力すること間違いなし!
初出は2002年5月。伊良部一郎+マユミの最強コンビの第一弾。短編の数=患者の数になっている。どの作品も現代を反映しているなぁ、と思う。いかにも周りにいそうな人たちが、どんどん思いこみをエスカレートさせていく。ある意味現代社会というのは『増幅社会』なのかもしれないな、と読んでいて思う。
しかしながら他人事として読むと、申し訳ないくらいに可笑しい。伊良部一郎+マユミの最強コンビはただでさえ増幅しやすい患者の心理を振り切れるまで増幅させる。一方でこの伊良部一郎と京極夏彦作品でおそらくは京極堂を押さえて(関口なんぞ足下にも及ばないな、絶対)、人気No.1キャラクタであろう、榎木津礼二郎とどっちが最強だろうか、などと思ってしまう。それこそ『ルパン対ホームズ』ではないが『榎木津対伊良部』の戦いが観てみたい。大体榎木津など精神科受診が適正な気もするぞ。
奥田氏の作品は
『邪魔』→第125回直木賞候補作
『イン・ザ・プール』→本作 第127回直木賞候補作
『マドンナ』→第128回直木賞候補作
『空中ブランコ』→第131回直木賞受賞作
という風になっていて何度も直木賞にふられているのだが、この『イン・ザ・プール』が『空中ブランコ』に劣っているとは全然思えない。まったく直木賞の選考基準は不可思議極まりないと毎度思うのはぼくだけだろうか。
しかしながら他人事として読むと、申し訳ないくらいに可笑しい。伊良部一郎+マユミの最強コンビはただでさえ増幅しやすい患者の心理を振り切れるまで増幅させる。一方でこの伊良部一郎と京極夏彦作品でおそらくは京極堂を押さえて(関口なんぞ足下にも及ばないな、絶対)、人気No.1キャラクタであろう、榎木津礼二郎とどっちが最強だろうか、などと思ってしまう。それこそ『ルパン対ホームズ』ではないが『榎木津対伊良部』の戦いが観てみたい。大体榎木津など精神科受診が適正な気もするぞ。
奥田氏の作品は
『邪魔』→第125回直木賞候補作
『イン・ザ・プール』→本作 第127回直木賞候補作
『マドンナ』→第128回直木賞候補作
『空中ブランコ』→第131回直木賞受賞作
という風になっていて何度も直木賞にふられているのだが、この『イン・ザ・プール』が『空中ブランコ』に劣っているとは全然思えない。まったく直木賞の選考基準は不可思議極まりないと毎度思うのはぼくだけだろうか。
伊良部医師は、患者を治さない。
治らない患者をそのまま受け入れる。
そして―自らも治らない何かを充分に患っているように見えるけれど―
そのままで生きている自分を見せる。
それだけ。
「受け入れられる」ことを求める人の想いは本当に切実で、
とても深刻な「愛」のあり方のはずなのに、どこか可笑しくて。
そして、患者自身が患者を受け入れる時、病はいつの間にか消失する。
病は病でなくなるのだ。
その人は、その人自身に戻るだけ。
「受け入れる」のは患者自身なのであって、医者ではない。
病を癒すものは何か―
抱腹絶倒のエピソードの中に共通する、そのただ一点を見つめる時、
なぜこのお話がこんな笑い話でありながら、ここまで人の心を動かし、
癒される気がするのか、納得させられるように思う。
「自然体で生きていると、何もかも笑い話になってしまいます。」
講演会でそう言って会場の笑いをさらった、
薬を使わない医療を続ける、尊敬する精神科のお医者様を彷彿とさせました。
治らない患者をそのまま受け入れる。
そして―自らも治らない何かを充分に患っているように見えるけれど―
そのままで生きている自分を見せる。
それだけ。
「受け入れられる」ことを求める人の想いは本当に切実で、
とても深刻な「愛」のあり方のはずなのに、どこか可笑しくて。
そして、患者自身が患者を受け入れる時、病はいつの間にか消失する。
病は病でなくなるのだ。
その人は、その人自身に戻るだけ。
「受け入れる」のは患者自身なのであって、医者ではない。
病を癒すものは何か―
抱腹絶倒のエピソードの中に共通する、そのただ一点を見つめる時、
なぜこのお話がこんな笑い話でありながら、ここまで人の心を動かし、
癒される気がするのか、納得させられるように思う。
「自然体で生きていると、何もかも笑い話になってしまいます。」
講演会でそう言って会場の笑いをさらった、
薬を使わない医療を続ける、尊敬する精神科のお医者様を彷彿とさせました。



