本当に短い、短編と名付けるのにふさわしい量の
作品がずらりと並んだ短編集です。
短編集のタイトル
「体は全部知っている」
同じ名称の作品は掲載されていません。
はてどういったことだべ?と
丁寧に一気に読んでみました。
抱きしめられるとか、食べるとか、触れるとか
体を通じて、記憶や印象を呼び覚ます物語が描かれていました。
短い文章なので、必要最小限の言葉が凝縮されているので
確信的かどうかはわからないけれど
行間を読み取って適当に想像する楽しみ方ができます。
また
基本的に一山を越えれば物語が終わってしまうので
その点で物足りなさというか、欲求不満も出てきます。
特に心をひいたのが夕日にまつわる描写について。
ほとんどの編にでてくるので殊更に印象に残りました。
もしかしたら裏テーマでは?と想像。
体は全部知っている (文春文庫)
|
切なさの中の希望が沁み込んでいくような、つかのまの安らぎを与えてくれる優しい読後感をもたらしてくれました。
軽いタッチの13篇の短編ですが、穏やかで温かなありふれた日常の幸せが幻想的に淡々と描かれており瑞々しい空気感と共に引き込まれていくようでした。
軽いタッチの13篇の短編ですが、穏やかで温かなありふれた日常の幸せが幻想的に淡々と描かれており瑞々しい空気感と共に引き込まれていくようでした。
吉本ばななさんの著書を読んだのは、この本が一番初めでした。読み終わった後「ふ~ん…」と思い、またもう一度読み返してしまう、そんな本です。面白いと言うよりは10理あって害なしという感じかもしれません。忙しい人に読んで欲しい癒し系の本です。
ばななさんの作品には不思議な能力を持った人が多々登場しますが、この短編集にもそれっぽいものがなんだかいろいろでてきます(笑)。でもそれがまったくわざとらしくなく自然に描かれているのがばななさんのさりげない見事さだと思います。また、うちの母がよく、「吉本ばななは、なんかどうって事ないんだけどさ。気づくとまた読みたくなってくるのよね」とか暴言を吐いておりますが、それもやはりばななさんの、ある意味特殊能力だと思います。
この本は特にですが、読むことで感覚が刺激され、鍛えられるというか、何か今まで「ふつう」で片づけられてたものたちが急に一つ一つ光を帯びたように目立って見えてくる瞬間が読み終わった後必ずやってくると思います。
日常に疲れたor慣れすぎた人へ…特にお勧めします。
ばななさんの作品には不思議な能力を持った人が多々登場しますが、この短編集にもそれっぽいものがなんだかいろいろでてきます(笑)。でもそれがまったくわざとらしくなく自然に描かれているのがばななさんのさりげない見事さだと思います。また、うちの母がよく、「吉本ばななは、なんかどうって事ないんだけどさ。気づくとまた読みたくなってくるのよね」とか暴言を吐いておりますが、それもやはりばななさんの、ある意味特殊能力だと思います。
この本は特にですが、読むことで感覚が刺激され、鍛えられるというか、何か今まで「ふつう」で片づけられてたものたちが急に一つ一つ光を帯びたように目立って見えてくる瞬間が読み終わった後必ずやってくると思います。
日常に疲れたor慣れすぎた人へ…特にお勧めします。
吉本ばななを読むと、”哀しい”によく似た気持ちになる。それは、読む前からわかっている予感のようなものだ。 例えば、失うことが出来るのは、それを持っているからだけなのだ。哀しいけれど。失わないと気付かない、それに近い気持。それと同じくらい、得てはじめて気付く感情がある。
だから、なるべく読まないでいられるなら、それに越したことはないと、いつも思う。頭ではなくて、頭蓋骨の辺りでわかる感じがする。どれも。何て言えば、うまく伝わるんだろう。ほら、身体の底では理解している感じだけれど、言葉にならない、もどかしい感覚。「あれだよ、あれ」と言いたい感じがするのだ。もしもそれで伝わるのなら。
収録作の一つ『本心』の中では、主人公が不倫の恋をしている。相手の奥さんにばれてしまうのだ。けれど、喫茶店の中で見る白昼夢で、自分の心のうちを、初めて実感する。
そうか、私は本当は傷ついていたのか。…
だんだん、ことばが要らなくなっていく。形容することばや解説することばが、意図しなくても過剰なものに見え始める。そうしてはじめて、存外彼女の物語がシンプルだったことに気付くのだ。余分なものを愛している身としては、少しだけ、淋しいんだけれど。
13もの小説が入った短編集。読んでいて、きっと誰もが気にかかるのは、「神様」という語の多用であろう。たとえ、その言葉そのものが出てこなくても、それを感じさせるように話が展開していく。ここでの「神様」は決して宗教色を持ったものではない。これまで、いくつもの取材や、エッセイで、自ら、「死」をテーマにした作品を書き続けていることを告白してきた著者だが、このとき、著者は妊娠していた。体内に、新しい生命を宿しながら執筆したこの作品集が、「死」をどのように捉えているのか。作家論的に言えば、この作品が、著者の何度めかのターニングポイントに位置しているのではないかと思わず推測してしまった。



