修道院出で、出逢う男を全て萎えさせる究極の"ダメ女"フランチェス子の性器に古賀と言うサディスティックな人面瘡が取り付くと言う「受難」の物語。だが、この設定から想像されるようなエログロ・ナンセンス主体の話ではない。姫野氏の他の作品を読んでも分かる通り、姫野氏は男女のドロドロとした愛欲に関しては懐疑的、と言うか否定的である。「そんなもん無くなって、生きて行けるよ」と言うのが基本的コンセプトである。
物語はフランチェス子の"ダメ女"振りを罵倒する古賀と、それに耐え、遂には悟りの境地に達するフランチェス子の掛け合い漫才の形で進む。エピソードらしいエピソードは殆どないが、構成の巧さで読ませる。古典文学から漫画に至る幅広い分野からの引用から成る小刻みなギャグと、山田風太郎先生を思わせるエロティック・ギャグで笑いを取るが、受ける印象は清廉である。フランチェス子は女としての自信が皆無だが、次第にそのネガティヴな気持ちと付き合って行く方法を身に付ける。「無理をしないで、頑張る」と言う本作中の言葉が作者が読者に送るメッセージであろう。誰からも認められないが、毎日コツコツと頑張っている人への応援歌と言っても良い。結末は大方の読者の予想通りだが、ここでも愛における精神性を作者が重視している事が分かる。
ヒメノ式、笑って共感して元気が出る痛快小説。
受難 (文春文庫)
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一見ぎょっとする奇抜な物語ですが、読んでみるととても面白くて、
ラストあたりはなんだか優しい気持ちにもなれました。
真摯に、だけど面白おかしく、「愛や性」を扱った作品。
実際に恋人とフランチェス子と古賀さんのようなやりとり
・・・したいようなそうでないような。
ラストあたりはなんだか優しい気持ちにもなれました。
真摯に、だけど面白おかしく、「愛や性」を扱った作品。
実際に恋人とフランチェス子と古賀さんのようなやりとり
・・・したいようなそうでないような。
姫野カオルコはまず確固とした倫理観があって、その視点から一貫して書かれているから安心できる。その倫理観がどういう答えを導き出すのか読むのが楽しい。ラストの無駄な演出も思わずにやりと笑えました。
自分に女として魅力がない事を自覚・認識し、
恋愛やその行為についても冷静に考察していくフランチェス子に対して、
女の人にとってとても大切な所に住んじゃった古賀さんのやり取り。
私は、古賀さんの「うんちく」がとてもムカついたのだけど、
フランチェス子の切り返し方に、「なるほど」と感心するばかりでした。
私は古賀さんを生理的に受け付けず、笑えなかったのだけれど、
二人のやり取りの内容には頷けるものがありました。
恋愛やその行為についても冷静に考察していくフランチェス子に対して、
女の人にとってとても大切な所に住んじゃった古賀さんのやり取り。
私は、古賀さんの「うんちく」がとてもムカついたのだけど、
フランチェス子の切り返し方に、「なるほど」と感心するばかりでした。
私は古賀さんを生理的に受け付けず、笑えなかったのだけれど、
二人のやり取りの内容には頷けるものがありました。
フランチェス子ちゃんと、古賀さんのやり取りはとにかく可愛らしくてほほえましいのです。
とにかく二人(?)が大好きになってしまいます。
姫野カオルコ特有のギャグと言いまわしのテンポによって、大変美しい文学作品となっております。文学とはかくも美しきものであったか・・・
現代日本には稀となった「純文学」の味をとくとご賞味あれ!!
良質のファンタジーです。
とにかく二人(?)が大好きになってしまいます。
姫野カオルコ特有のギャグと言いまわしのテンポによって、大変美しい文学作品となっております。文学とはかくも美しきものであったか・・・
現代日本には稀となった「純文学」の味をとくとご賞味あれ!!
良質のファンタジーです。



