妊娠した姉のために
くつくつ
とグレープフルーツを煮込み
ジャムを作っている、わたし。
姉はその鍋を抱えるようにして
スプーンですくって食べ尽くす。
「アメリカ酸のグレープフルーツには
強力な毒薬が使われており
染色体をも破壊する」
ふと目にした広告。
その毒は胎児の染色体も破壊するのかしら
だからわたしはせっせと
姉にグレープフルーツを食べさせる。
精神のバランスを欠いている姉と
フツーであるようで
やはり何かが損なわれている、わたし。
その二人を結びつけているのが
食べモノだ。
小川洋子氏の食べモノの表現は
とてもグロテスクで
身体の内部を彷彿させる。
さるきちが口にしたものもね、
ぬめっとした腸や、
柔らかい皮が張った胃や、
きゅっと締まった卵巣といった、
臓器へと変容するのだなあ
と、想像することができる。
さらに、
食べ物は
単に身体を形成するだけでなく、
精神にも深く寄与しているのだと、
考えさせられる。
摂食障害で
時に食べモノが敵となり、
食事が苦痛となっている
さるきちにとっては、
彼女の作品て、
何かココロにひっかかるモノがあるのよね。
どうして破綻を期したのが
「食」なんだろう…
ちょっぴりミステリアスな短編です。
本書には、他にも
「ドミトリイ」「給食室と雨のプール」が
おさめられています。
妊娠カレンダー (文春文庫)
|
芥川賞受賞作となった「妊娠カレンダー」。
妊娠をきっかけに、刻一刻と変貌を遂げ、どんどん知らない人になっていく姉に戸惑う妹。
やがてアメリカ産グレープフルーツジャムを作り続けることにより、周囲を振り回し続ける姉に密かな抵抗の手段を見い出す。
「悪意」と言うよりは、ふとしたきっかけで、暗い考えにとらわれる、そのハードルのあっけなさみたいなものを書こうとしたのだろうか?
「夕暮れの給食室と雨のプール」。
婚約者との同居生活が始まる前の、細々した生活の準備の様子を書いても書いても、見事に生活臭がしないところがさすが、小川洋子(笑)。
こういうノスタルジックな日常からファンタジーに迷いこんでしまう…というのも彼女の基軸の一つ。
「博士の〜」や「ミーナ〜」もこの路線かな?
しかし、私は作者の真骨頂は「ドミトリイ」だと思う。
この頃すでに、短編集「海」の「バタフライ和文タイプ事務所」に匹敵する完成度のものを書いていることに驚かされた。
読んでほんわかしたいい気持ちになるのは、「博士〜」や「ミーナ〜」だろうけれど、ザ・小川洋子なのは「バタフライ和文タイプ事務所」や「ドミトリイ」のような作品だと思う。
妊娠をきっかけに、刻一刻と変貌を遂げ、どんどん知らない人になっていく姉に戸惑う妹。
やがてアメリカ産グレープフルーツジャムを作り続けることにより、周囲を振り回し続ける姉に密かな抵抗の手段を見い出す。
「悪意」と言うよりは、ふとしたきっかけで、暗い考えにとらわれる、そのハードルのあっけなさみたいなものを書こうとしたのだろうか?
「夕暮れの給食室と雨のプール」。
婚約者との同居生活が始まる前の、細々した生活の準備の様子を書いても書いても、見事に生活臭がしないところがさすが、小川洋子(笑)。
こういうノスタルジックな日常からファンタジーに迷いこんでしまう…というのも彼女の基軸の一つ。
「博士の〜」や「ミーナ〜」もこの路線かな?
しかし、私は作者の真骨頂は「ドミトリイ」だと思う。
この頃すでに、短編集「海」の「バタフライ和文タイプ事務所」に匹敵する完成度のものを書いていることに驚かされた。
読んでほんわかしたいい気持ちになるのは、「博士〜」や「ミーナ〜」だろうけれど、ザ・小川洋子なのは「バタフライ和文タイプ事務所」や「ドミトリイ」のような作品だと思う。
『妊娠カレンダー』です。表題作の他に、『ドミトリイ』『夕暮れの給食室と雨のプール』を収録した短編集です。
表題作は芥川賞を受賞していますが……作者の小川洋子といえば代表作は『博士の愛した数式』でしょう。『ドミトリイ』の中には数式を駆使する数学科の大学生がいたりして、ちょっと興味深いです。
三作に共通しているのは、けっこうダークな作風であることと、食べ物が作品の中心に描かれていることです。
偽装とか薬物混入とか、食の安全がわからない昨今の中で読むと、更に面白さが増しそうです。
どの作品も純粋に面白いです。文章は読みやすいし、純文学なんだけど、どの方向性に向かっているのか分かりやすいし、主人公の心理も分かりやすいです。ちょっとホラーっぽくもあり、謎解きっぽい要素もあったり、面白いです。
表題作は芥川賞を受賞していますが……作者の小川洋子といえば代表作は『博士の愛した数式』でしょう。『ドミトリイ』の中には数式を駆使する数学科の大学生がいたりして、ちょっと興味深いです。
三作に共通しているのは、けっこうダークな作風であることと、食べ物が作品の中心に描かれていることです。
偽装とか薬物混入とか、食の安全がわからない昨今の中で読むと、更に面白さが増しそうです。
どの作品も純粋に面白いです。文章は読みやすいし、純文学なんだけど、どの方向性に向かっているのか分かりやすいし、主人公の心理も分かりやすいです。ちょっとホラーっぽくもあり、謎解きっぽい要素もあったり、面白いです。
いかにも芥川賞受賞作といった類の純文学作品。同居生活を送っている「私」と姉、
姉の夫という三人の生活がこの作品の主な舞台となっている。
妊娠してからというもの、「私」の姉はどんどんヒステリックになり、美しかった肢体
には肉がつき、二重顎にたるみ始めた・・・「私」から見た「私」の姉や姉の夫の言動をひた
すらに描写し続け、「私」の些細な感情の揺れはいちいち描かれないまま、しばらく物語は
進行していく。一人称で描かれているが、中心に据えられているのは姉だ。
しかし、「私」がアルバイト先のスーパーでグレープフルーツを貰ってきたあたりから、
「私」の意図が見え隠れし始める。それはグレープフルーツでジャムを作り、姉に食べさ
せ続けること。昔、米国産のそれについて叩き込まれたある記憶が「私」にそうさせた。
なぜそのような行動に出るのか? 人間が隠そうとする、あるいは気づきたくない負の
感情のうちの一つがそうさせているのだろうと予想はつくが、何とも言えず不気味な妹
なのだ。姉が産んだ赤ん坊を見に行く「私」は、いったい何を見ることを期待しているの
だろう?
小川さん独特の手法にかかれば、ありふれた日常もホラー的な要素満載である。
姉の夫という三人の生活がこの作品の主な舞台となっている。
妊娠してからというもの、「私」の姉はどんどんヒステリックになり、美しかった肢体
には肉がつき、二重顎にたるみ始めた・・・「私」から見た「私」の姉や姉の夫の言動をひた
すらに描写し続け、「私」の些細な感情の揺れはいちいち描かれないまま、しばらく物語は
進行していく。一人称で描かれているが、中心に据えられているのは姉だ。
しかし、「私」がアルバイト先のスーパーでグレープフルーツを貰ってきたあたりから、
「私」の意図が見え隠れし始める。それはグレープフルーツでジャムを作り、姉に食べさ
せ続けること。昔、米国産のそれについて叩き込まれたある記憶が「私」にそうさせた。
なぜそのような行動に出るのか? 人間が隠そうとする、あるいは気づきたくない負の
感情のうちの一つがそうさせているのだろうと予想はつくが、何とも言えず不気味な妹
なのだ。姉が産んだ赤ん坊を見に行く「私」は、いったい何を見ることを期待しているの
だろう?
小川さん独特の手法にかかれば、ありふれた日常もホラー的な要素満載である。
本作に納められている短編3篇とも、現実世界の「ねじれ」から見える風景を表現している。物語の設定はすべてどこにもありそうな話しである。それこそ僕達の住んでいる地方にもありそうな話である。でもその何処にでも「ありそうな話」が何処にもない不思議な話なのである。それは作者の目線がちょっとズレたところにあるからかも知れない。古い産婦人科、学生寮、給食室。何処にでもあるが、ちゃんと見ていないと見逃してしまう、その独特の場所から現実世界では感じられない「ねじれ」を作者は我々に見せてくれるのである。
ところどころに、作者の後から発表された作品の萌芽を感じることが出来るのも読書の楽しみを増やしてくれる。
ところどころに、作者の後から発表された作品の萌芽を感じることが出来るのも読書の楽しみを増やしてくれる。



