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ドストエフスキー―謎とちから (文春新書)
亀山 郁夫
価格: ¥819 (税込)

新書
出版社: 文藝春秋
発売日: 2007/11
ISBN: 4166606042
おすすめ度:4.5
Amazon ランキング: 183766位
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ドストエフスキーは生きている
 2007年の講義をもとに口述筆記を行い、加筆修正した本。NHKの番組で亀山氏のドストエフスキー作品論を見ていて、テレビ番組という時間的な制約上、もうちょっと詳しく聴きたいのに、とフラストレーションを溜めていた身としては大満足な一冊だ。
 亀山氏の論考に触れると、自分がドストエフスキーをかなり概念的に読んでいたことに気づかされる。「異様に暑い」ペテルブルクの「棺桶」のようなアパートで、老婆殺しを考察するラスコーリニコフの息遣い、ムイシュキンだけでなくロゴージンとも性的な関係がなかったとされる(!)ナスターシャ・フィリポヴナの歪んだトラウマとヒステリー、そしてイワン・カラマーゾフの傀儡としか見ていなかったスメルジャコフの狂気を孕んだサディズム……実は何て生々しい作品世界だったんだろう!
 そして、哀れな少女マトリョーシャの自殺を察知しながら、引き止めようとせず、あとからその縊死体を「板の隙間から覗き」見るスタヴローギン。その姿を、亀山氏は「9・11」ツインタワー崩落をテレビで見ていた私たちと重ねる。スタヴローギンのみが持っていた悪魔的な「神のまなざし」を、現代人は否応なく手にしてしまったのだ。そう、インターネットの世界には神を失い、自ら神となったラスコーリニコフやスタヴローギン無数にはびこっている……
 「ドストエフスキーを読んだと思うな」という作者からのメッセージを強く感じる。ドストエフスキーを「昔読んだ本」にしてはいけない。まだ何も読んではいない、読み続けなければならない、と。
ちょーっと肩に力が入りすぎでは?
カラマーゾフ続編論(『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』)に次ぐ、亀山先生のドストエフスキー論。

ドストエフスキーの生涯における思考の変遷、特にロシア正教「異端」との出会いが、彼の作品にどんな影響を与えているかを読み解いていく。
一応、初心者にもわかるようにはなっているが、基本的には少なくとも長編のうち2、3冊は読んだことのある人向けだろう。
特に後半の5大長編の解読については、一応簡単なあらすじは載っているものの、読んだことのない人にはさっぱりだと思われる(そして、ここが一番面白いのだが・・・)。

私は一応、それらを読んだことがあるという立場ではある。
それでも正直、本書は期待したほどは面白くなかった、というのが正直なところだ。

著者は、特に異端派との関連で、非常に壮大な仮説を提示する。
それらは確かに知的好奇心を煽るようなものが多いとはいえ、著者自身「空想」と言っているごとく、「本当か?」というようなものが多いのも事実。
著者の少々力が入りすぎているような語り口と相まって、著者ばかりが盛り上がり、読者を置いてきぼりにしている感がどうしてもしてしまうのだ。

特に、本書でもたびたび言及されている江川卓氏の『謎解き』シリーズの、あくまで読者にわかりやすく、それでいて知的好奇心が刺激されるような文章を読んでしまっていると、なおさらその思いを強くしてしまう。

もっとも、これらの欠点は著者の思いの強さの現われ。
期待が高すぎた、というだけで、ドストエフスキーファンにとって本書が面白くないはずがない。
ドストエフスキーをすべて読み直さねば・・・
とにかく驚きの連続です。
最初から最後まで、今まで思ってたことがすべて覆された感じです。

ドストエフスキーの作品が、宗教色が強く、それもロシア正教と思っていたものです。ところが、「去勢派」や「鞭身派」と言った異端があり、その影響が多きとは非常に驚きです。
その上、スメルジャコフがフョードルの子ではないと言われると、天地がひっくり返った感じになってしまいます。

そうした様々な作者の考え方を基に、五大長編小説の解説がなされるのですが、ここでも象徴層、歴史層、自伝層、物語層と言った4つの見方を提唱し、それぞれの見方によって、違った解釈が成り立つことが解かれていきます。

この本を読んで、ドストエフスキーをすべて読み直さねばと思いました。
異端の普遍性
 ようやく読了。かなりシビアなテーマを扱っています。何よりも、異端派のテーマが前面に押し出されていて、これまでの私の知るドストエフスキー像とはかなり違います。口述筆記だけあって勢いを感じさせますが、しかし、勢いにつられての誤読という、作者が冒頭で心配している逸脱は見受けられません。それにしても、去勢派と呼ばれるセクトが、ドストエフスキーが小説を書いていた19世紀全般にわたって存在していたというのは驚くべき事実です。『カラマーゾフの兄弟』を読み上げたときには、薄気味悪さを感じこそすれそこまでディテールが書き込まれているとは想像もできませんでした。圧巻は、何といっても、『罪と罰』と『カラマーゾフの兄弟』の章でしょう。スメルジャコフの自殺について新しい説が出されているようです。また、『カラマーゾフの兄弟』のタイトルとの関連で、この小説全体のテーマを黒と白の対決としているのも興味深い結論でした。特殊なドストエフスキー論というより、特殊さを突き抜けて初めて立ち現れたドストエフスキー論とでもいうべきでしょうか。かつてロシア文学やロシアの文化に夢中になって貪るように本を読んできた私にとって、新たな節目となる一冊です。
名訳者は名解説者ならず
ドストエフスキーの生涯と作品の関係、及び作品のストーリー解説は面白く、役に立つ。
特に最後の5大作については、力がこもったものとなっている。

しかし、ドストエフスキーにおける神という問題はどうなっているのだろうか。
本書では全くと言っていいほど、その問題に言及しておらず、ドストエフスキーの問題を
もっぱらサディズム・マゾヒズム 去勢コンプレックス、オディプスコンプレックス等
に還元し解説している。

いうまでもなく、西欧の文学・哲学は、キリスト教の決定的な影響の上に培われてきたものだ。
ロシアの文学・芸術もその範疇に捉えられるものとしてよいだろう。

著者はわからない問題はすべて「性」の問題として考えるという現代知性の罠に陥っている
ように思う。

ドストエフスキーの問題を「性」の問題に還元し、どれほど収穫が期待できるのか。
私の疑問は、その一点に尽きる。
(但し、読者を驚かせる作品であることは、素直に認めるが・・・・。)



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