依存症 (文春新書)
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著者は臨床心理士である。最初の仕事はアルコール依存症の患者であった。そして彼(彼女)らを通じて家族の問題と向き合うことになる。それは共依存であったり、アダルトチルドレンだったり、摂食障害であったりする。著者がカウンセリングの現場で出会ってきた人達を描いているので説得力がある。しかし、ほんの一例だし時代も変わる。読者側はこれは一例である事を承知して読むべきではなかろうか。
著者名を見たときには「アダルト・チルドレンの事例が延々と続く本だったら
すぐに読むのをやめよう」と半身の構えで読み始めました。
しかし予想はよいほうに裏切られました。著者は治療者として過ごした四半世紀を振り返り、その総括を行なおうとしています。彼女の感性や語法に違和感を感じる人がいたとしても、終章に近づくに連れ、思考の深度が深く、射程が
遠くへ達する進化を感じ取るのではないでしょうか。
また平易な語法で語られる言葉の中に、時折治療上すぐに役立つ金言が見受けられます。たとえば「自責感」について述べられた次の言葉。
すぐに読むのをやめよう」と半身の構えで読み始めました。
しかし予想はよいほうに裏切られました。著者は治療者として過ごした四半世紀を振り返り、その総括を行なおうとしています。彼女の感性や語法に違和感を感じる人がいたとしても、終章に近づくに連れ、思考の深度が深く、射程が
遠くへ達する進化を感じ取るのではないでしょうか。
また平易な語法で語られる言葉の中に、時折治療上すぐに役立つ金言が見受けられます。たとえば「自責感」について述べられた次の言葉。
快はそれへの禁止が強ければ強いほどより強烈に感じられるのだ。禁止は他者からはもちろん、自分で自分に対する禁止もある。「いけないと思うけどやってしまう」ほうが、許容された行動よりも快感は強いのである。
臨床心理専攻の大学院生には常識と思いますが、一般向けの啓蒙書でこのように細かく指導してもらえるのは、ありがたいことです。
著者は原宿カウンセリングセンター所長で、臨床心理士だそうです。この本は、酒、タバコ、ゲーム、買い物、ギャンブルなど、快楽によって、束の間不安や悩みから逃れる状態(嗜好)が悪習慣化し、家族など周りの人達に迷惑をかける「依存症」について書かれた本です。はじめに依存症は嗜好(Addiction)とどう違うのか、という説明がなされています。嗜好自体は、自分を癒し回復するための自己治療というメリットもありますが、刹那的で、自分のことしか視野に入っていない内閉性があります。継続するためには、周囲の人間を手段として用いることすらあります。こうした状況が悪化すると、嗜癖的快感を得ることが目的とすりかわり、人を手段とすることで大切な人を傷つけてしまうというプロセスに転換してししまい、これが依存症といわれる状態に相当するのだそうです。「付き合いきれない」という言葉がありますが、依存症の人に対して使われるのは、それが周りに迷惑をかける行為だからくるのだということです。 非常に興味深い本ではありますが、いくつか本当にそうなのかな、と思ったところもありました。一つは、著者の世代的特徴なのかもしれませんが、アダルトチルドレンや依存症の問題を、近代化、資本主義の発展、冷戦の終了に始まる価値観の流動化、といった大きな歴史的・社会的問題に根拠を求めているところです。確かにそれも一因としてあるのかもしれませんが、証明も難しい論旨のように思います。例えば、アダルトチルドレンは親子の間の支配関係を読み解きましたが、これが資本家・労働者の支配関係を読み解いたマルクス主義、男性・女性の支配関係を捉えたフェミニズムと対比させられるのは、少し論理的飛躍があるのではないか、という気もしました。



