はじめて、筒井作品にふれました。
最初から、最後までしんどかった。斜め読みすると全くついて行けなくなり、
読み返すという「作業」を何度も繰り返すという失態も。
結局、私もお手軽作品しか読めなくなってしまった世代の読者なのだという
立ち位置が確認できただけでも良いのかとも思う。
これからもお手軽小説を好き嫌い無く読んでいこうと思いました。
巨船ベラス・レトラス
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久しぶりに筒井康隆の新作を読んだ。
文学状況についての筒井康隆の危機感というのは,読んでいて成程と思った。
とはいえ,門外漢にはそこまで。
現代文学についても,現代詩についても暗い私には,もう一つ共感できない内容であった。
主題が共感できないと,筒井康隆の世界を楽しむという以上のものはなかった。
文学状況についての筒井康隆の危機感というのは,読んでいて成程と思った。
とはいえ,門外漢にはそこまで。
現代文学についても,現代詩についても暗い私には,もう一つ共感できない内容であった。
主題が共感できないと,筒井康隆の世界を楽しむという以上のものはなかった。
『銀齢の果て』の読後にも感じたが、
御大は意固地になって“一般的に”差別用語とされている語を
使おうとしているように思えてならない。
一応このことは指摘しておく。
……おくけれど、そのことがこの作品の価値を下げるものでは、ない。
僕は文学者ではないので、こんな卑近な表現しか出来ませんが、
ミルフィーユのごとく、もしくはラザニアのごとく、
「虚構現実」のうえに「現実虚構」を重ね、
「虚構虚構」で味付けしたら「現実現実」が出来上がった。
そういう感じの作品でしょうか。
文学界の現状に、御大はYESともNOとも言いかねているのだと思う。
だけれども「俺は俺。死ぬまでこういう作品を書いていくんだもんね〜」と
宣言しているかのような、「筒井、いまだ老いず」を証明する作品。
御大は意固地になって“一般的に”差別用語とされている語を
使おうとしているように思えてならない。
一応このことは指摘しておく。
……おくけれど、そのことがこの作品の価値を下げるものでは、ない。
僕は文学者ではないので、こんな卑近な表現しか出来ませんが、
ミルフィーユのごとく、もしくはラザニアのごとく、
「虚構現実」のうえに「現実虚構」を重ね、
「虚構虚構」で味付けしたら「現実現実」が出来上がった。
そういう感じの作品でしょうか。
文学界の現状に、御大はYESともNOとも言いかねているのだと思う。
だけれども「俺は俺。死ぬまでこういう作品を書いていくんだもんね〜」と
宣言しているかのような、「筒井、いまだ老いず」を証明する作品。
30年以上筒井康隆を読んでいるが、大いなる助走からは洗練度が桁違いで、作品全体から強烈な時代批評を感じる。筒井康隆がこれまで培ってきた実力の一端を披露するだけでこれだけの作品をものしてしまうことに畏敬の念を持たざるを得ない。読後に苦しくなるほどの満腹感を感じるのが最近の筒井康隆作品であったが、今回は広く若い読者にもわかりやすく噛み砕いて書いた軽快さを感じる。
筒井康隆独特の語り口である、
読点が極端に少ない文章、
代名詞をあまり使わない文章、
章分けしない作品構成、
は筒井康隆をあまり読んだことがない人には取っつきにくいと思う。
本書の主要登場人物は作家や詩人なのだが、
本作はメタフィクションであるため、
その作家や詩人が書いた作品の登場人物が
実体化して本作に登場する。
メタフィクションに慣れていないと、こういう構成自体
受け付けないのではないだろうか。
私は筒井康隆が好きなので、比較的楽しんで読めました。
宣伝文句になっている痛烈な文壇批判も、なるほどなあ、
出版界の地盤沈下は最早止まらないのだなあ、と感心した次第。
読点が極端に少ない文章、
代名詞をあまり使わない文章、
章分けしない作品構成、
は筒井康隆をあまり読んだことがない人には取っつきにくいと思う。
本書の主要登場人物は作家や詩人なのだが、
本作はメタフィクションであるため、
その作家や詩人が書いた作品の登場人物が
実体化して本作に登場する。
メタフィクションに慣れていないと、こういう構成自体
受け付けないのではないだろうか。
私は筒井康隆が好きなので、比較的楽しんで読めました。
宣伝文句になっている痛烈な文壇批判も、なるほどなあ、
出版界の地盤沈下は最早止まらないのだなあ、と感心した次第。



