タイトルが気になってずっと読みたかった作品。
さっくりと描かれる作品5編。
女達の弱みを抱えての生活。弱みに漂流する感じ。
『仕事』と言うわけじゃなくて、生活と悩みが一体化している感じの彼女達。
自分の無職から来る弱み、相手の無職に対するやるせなさ、
ある日突然無職でいられなくなった主婦。
惹かれたタイトルのプラナリア。
どこへ続く言葉かと思ったら、【生まれ変わったらプラナリアになりたい】だった。
ちょっと衝撃的な言葉。
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プラナリア
山本 文緒
価格: ¥1,400 (税込) 単行本 出版社: 文藝春秋 発売日: 2000/10 ASIN: 4163196307 おすすめ度: ![]() Amazon ランキング: 405290位 発送可能時期: 通常24時間以内に発送 ![]() |
タイトルに?だったが、以前から筆者の作品を一度読んでみようと思っていたので、手っ取り早くこの直木賞受賞作から読んでみた。5つの章に分かれた短編作品集。巷にあふれていそうな平凡?な暮らしの目線から、色々な話が章ごとに生み出されている。つまらなくも面白いと思ったが、どれも共感できない生き方をしている人達だった。でも悲しいかな、ひょっとするとわりと人生を生きるってそんな事なのかも知れない。私はパート主婦のカトリーヌ(加藤)とプー太郎の涼子にエールを送りたい。その後の彼女達の続編がもしも出るのならば、私はそれを是非読みたい。きっと筆者も不器用に生きる側の人なのかも知れない。筆者のリアルだが温かい目線、心に沁みる。
他人には、‘この人のここは変’というのが必ず見つかるもの。
この作品は、その人ごとに異なる変な部分を描こうとした作品ではないかと思いました。物語では、この変な部分が原因で無職状態になっていたり、他人の‘変’にかき回されます。とかく自分の‘変’には気がつかないし、もし気がついても直す気は無いものです。プラナリアでは、乳がんの傷が、主人公の‘変’を作っている原因です。解決の仕様が無いことで、自分の中に‘変’が出来てしまった場合、受け容れるしか方法が無い。
この物語りは、何かしら簡単な解決方法の見つけられないこと、を無意識ではなく意識しながら抱え込んでいる人が、共感できるのではないでしょうか。
この作品は、その人ごとに異なる変な部分を描こうとした作品ではないかと思いました。物語では、この変な部分が原因で無職状態になっていたり、他人の‘変’にかき回されます。とかく自分の‘変’には気がつかないし、もし気がついても直す気は無いものです。プラナリアでは、乳がんの傷が、主人公の‘変’を作っている原因です。解決の仕様が無いことで、自分の中に‘変’が出来てしまった場合、受け容れるしか方法が無い。
この物語りは、何かしら簡単な解決方法の見つけられないこと、を無意識ではなく意識しながら抱え込んでいる人が、共感できるのではないでしょうか。
初めて山本文緒の文章に触れたのは高校三年の正月が明けてすぐにあった模試だった。それがこのプラナリアだ。冬休みも真っ最中なのに模試かよ、などと思ったものの、センター試験の僅か二週間前だったためそんなことを深く考える暇もほとんど無く、直向きに鉛筆を動かしていた時期だ。90分間の模試の中で小説として出題された。それが僕の頭の中でずっとひっかかり、ちょこっと調べてみた結果直木賞を受賞してそれ程間もない作品であったのだと言うことを知った。無事大学に合格してから山本文緒の作品をとりあえず全て読んだ。年月を経るに従って深みが増してきていると思う。
山本文緒は常に人間の弱さや脆さを徹底的に描く。そしてそんな弱さや脆さを持つ登場人物たちは往々にして社会的にダメな人間ばかりだ。それでも彼らは彼らの幸せのために懸命であり続ける。泣いて、笑って、いじけて、時には“自分では無い何か”に責任を全てを投げ出してしまったりもする。そして彼らはいつもそんなことをしてもどうにもならないのだと“気付く”。そんな作品の数々に読者は共感し、教えられ、時には虚無感に苛まれ、あるいは癒されもするのだと思う。挫折したことの無いひとはあまり理解できないかも知れない。
多分、作者の山本文緒自身それ程強い人間では無いのではないだろうか。エッセイ集である日々是作文を出版した後、体調を崩し数年の間休筆されてしまった。遠くで応援し続けていた結果、遂に先日復帰を果たしたようで、嬉しい限り。そして6/20にファースト・プライオリティ、9/2にプラナリアと連続して文庫化。プラナリアの文庫化に五年もかかった理由はそんなところにあったのかな。それにしても、無理はされないように、今後も是非執筆活動を続けて行って欲しい。
全然関係無いけど、「ネイキッド」でのチビケンがかわいすぎる。欲しい。
山本文緒は常に人間の弱さや脆さを徹底的に描く。そしてそんな弱さや脆さを持つ登場人物たちは往々にして社会的にダメな人間ばかりだ。それでも彼らは彼らの幸せのために懸命であり続ける。泣いて、笑って、いじけて、時には“自分では無い何か”に責任を全てを投げ出してしまったりもする。そして彼らはいつもそんなことをしてもどうにもならないのだと“気付く”。そんな作品の数々に読者は共感し、教えられ、時には虚無感に苛まれ、あるいは癒されもするのだと思う。挫折したことの無いひとはあまり理解できないかも知れない。
多分、作者の山本文緒自身それ程強い人間では無いのではないだろうか。エッセイ集である日々是作文を出版した後、体調を崩し数年の間休筆されてしまった。遠くで応援し続けていた結果、遂に先日復帰を果たしたようで、嬉しい限り。そして6/20にファースト・プライオリティ、9/2にプラナリアと連続して文庫化。プラナリアの文庫化に五年もかかった理由はそんなところにあったのかな。それにしても、無理はされないように、今後も是非執筆活動を続けて行って欲しい。
全然関係無いけど、「ネイキッド」でのチビケンがかわいすぎる。欲しい。
「プラナリア」では、主人公春香の自分に対するもどかしい気持ち、
ほんとならもう病気のことを忘れてしっかりしなきゃならないと
わかってるのにできない というもどかしさがよく伝わってきた。
どうして働かないのか聞かれ、本当なら乳癌だからなんて言いたくない
はずなのに わざとネタのように言っている春香の胸の内を考えると
なんだか切なくなった。
ほんとならもう病気のことを忘れてしっかりしなきゃならないと
わかってるのにできない というもどかしさがよく伝わってきた。
どうして働かないのか聞かれ、本当なら乳癌だからなんて言いたくない
はずなのに わざとネタのように言っている春香の胸の内を考えると
なんだか切なくなった。
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