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孤独であるためのレッスン (NHKブックス)
諸富 祥彦
価格: ¥1,071 (税込)

単行本
出版社: 日本放送出版協会
発売日: 2001/10
ISBN: 4140019271
おすすめ度:3.5
Amazon ランキング: 43489位
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自分のあり方を考えるために、とても参考になる本
自分との向き合い方を学んだのはロロメイの「失われし自己を求めて」でしたが、
自分と人との関係性のあり方を学んだのはこの「孤独であるためのレッスン」でした。

正確には、学んだというよりも、自分がそれまで考えていたことが綺麗にまとまって書かれており、確認が出来た本と言えばよいでしょうか。

この本で重要なのは二章と、四章と五章だと思います。
二章は教訓的に「孤独であるための条件」が8つ書かれており、人が一人の人間として
生きていく上で学んでおくべき素晴らしい教訓だと感じています。

また四章、五章などは「自身との向き合い方」について簡素にまとめられていますが、
簡素ながら凝縮した内容になっており、多分、カウンセリングを学んでいる方も新たに学ぶべきことはないでしょうが、「簡単にいうとそうだよね」という確認が出来るレベルではあるかなと思います。

ただ、四章、五章について深くしりたい方はCRロジャーズの著書の方をお勧めします。
諸富さんはロジャーズの影響を受けており、実際、「カールロジャーズ入門」なる本も書いています。
ただ、トランスパーソナル心理学について私は一切知らないのですが、もしかしたら、そっちを読んでもいいのかもしれません・・、ちょっとそこは分かりません。

最後に、少し残念に感じたことが1つあります。
それは、諸富さんが「孤独」という言葉を選んだことです。

私の中で諸富さんの言いたいことは「自立」なのではないか?と思っています。

孤独というと、本の中で色々と解説されておりますが、どうしても「人と関わらず一人で生きていく」的な印象を持ってしまいます。
要するに諸富さんは「人と関わって生きていく中でも精神的には周りに依存せず、自分の気持ちを基準に考えて個性豊かな自分自身で生きろ!」とおっしゃりたいのだと思うのですが、それって、精神的な「孤独」という表現より、「自立」という表現の方がしっくりくるんですよね。

解釈の問題で恐縮ですが、多分、「自立」という表現にしたら、この素晴らしい本をもっと多くの人が手にとってくれるのかなぁと感じました。
10年早く出会いたかった
あとがきに「孤独をテーマとしたこの本の執筆作業は、私自身の魂を癒す作業ともなった」とあるように、この本は著者自身の魂が暗闇から一筋の光を求める暗夜行路のようなところがある。似たような経験を積み、まだ生々しさが残る私としては記憶がシンクロして辛い読書となった。もし10年早くこの本に出会えたなら良かったのにと思う。
「孤独」は良く生きるための前提
孤独で生きることを知らなければ、

そして孤独に生きる能力を持っていなければ

より良く生きていくことはできない。

友達と仲良くしなければならない・・・

私には友達がいない・・・・

という脅迫観念に苦しんでいる時には、

ほっと息をつける内容の本です。

孤独であることを肯定的にとらえることには大賛成。

では、孤独である、その時にどのように生きていくのか?

自分をみつめる、自分と出会う、・・・などなど

自分の内面に向かって深く掘り下げていくことを

提唱している。(一部、最低限のソーシャルスキルを

身につけることを説いている)

ここからは、無限の自分探しの旅が始まってしまうのではないか?

内なる自分、本当に大切なもの、人間を超えた何かとの出会い

などの記述があり、深めていけば行くほど、出られなくなる世界に

入ってしまうのではないかという、いらぬ心配をしてしまいました。

ときには孤独を
本書は、数年前に読んだ時と今とでは、感想がかなり違う。昔なら、「そうそう!」。今なら、「いや〜ちょっとどうかな」。である。

私も諸富氏の大学院時代のように、大学時代は自ら孤独を求め、他者と拘わらず、自らの内面と面と向かって対話することを好んだ。何か本当に本当のこと、嘘一つない赤裸々な自分というものを、どうにかして知りたかったからだ。それが進んでいって、時代や国が様々な文学を幾つも読んでいくうち、社会の共有的時間がほぼ消滅し、「現代とはいかなる時代か」という問題に興味を持つようになった。それはそれで濃密な充実した思索であったし、卒論も命懸けで満足できるものが書けたが、見なくていいものが見えるようになりすぎ、自分も他者もグローバリズムも許せない人間になってしまい、楽天的に慣れ合う人たちを心底軽蔑するようになってしまっていた。私は様々なものを失ってしまった。優しい友人や家族にすごく迷惑をかけた。今思えば、かなりもったいなかった。そこまですることはなかった。

孤独になることは、たまには必要であるように思う。しかし我々は時間の溝に沈んでいくことを自ら喜ぶようになってはならない。氏も書いているが、孤独というものは、初めは辛くとも、慣れてしまうと楽である。しかしそこには、自らの内面、魂との会話、ということ以上に、無意識的エゴイズムやナルシシズムが含まれるように思う。何より長期に渡る孤独生活は、金の支援を受けないと成立せず、単に甘えに近いものかもしれないので、やはり連続的な時間軸に沿った生活の中で、何処かに孤独になれる時間的余裕を持つということが極めて重要なのであろう。

今は、やはり何某かの偽善や欺瞞は常に不可避でも、人間善い人は単純に善い人なんだろうと思う。文学的に真実を求めると、どうしても総てを否定してしまいがちである。今はただ肯定したい、その中で己の内なる声を聴いていきたい。
うーん・・・・
孤独であることを肯定し、孤独でいたいからといって社会からあびせられる偏見
が如何に理不尽なものかと、論じられている部分は同意します。
孤独を許さない社会が如何に酷いとは言っても、それに適応しなくては生きていけない
以上、心を強く持つ必要もあるでしょう。
でも後半のカウンセリングの部分はちょっと宗教じみていてついていけない人には
厳しい内容だと思います




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