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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
スコット フィッツジェラルド村上春樹Francis Scott Fitzgerald村上 春樹
価格: ¥861 (税込)

単行本
出版社: 中央公論新社
発売日: 2006/11
ISBN: 4124035047
おすすめ度:4.5
Amazon ランキング: 684位
発送可能時期: 在庫あり。

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1922年、F・スコット・フィッツジェラルドは、「何か新しいもの、斬新で美しくて質素なもの、手のこんだ構成のもの」を書くと宣言した。それが、彼の代表作にして最高傑作である、『The Great Gatsby』(邦題『グレート・ギャッツビー』、または『華麗なるギャツビー』)だ。「ジャズ・エイジ」の光と影を描いた本書は、狂欄の1920年代の雰囲気をとらえた小説で、「アメリカの神話」の中で不動の地位を占めている。

   貧しさの中から身を起こし、裕福になったジェイ・ギャッツビーは、フィッツジェラルド、あるいはアメリカそのものにつきまとう、金や野心、貪欲さ、進歩主義信仰などの強迫観念を象徴する。
 「ギャッツビーは、緑の灯火を信じていた。お祭り騒ぎは、年々かげりを見せはじめているというのに、未来は明るいと信じていた。いざ、その時が来て、明るいはずの未来が素通りしていっても、たいした問題ではない。明日になれば今日より速く走ることができるし、大きく手を広げることもできるから…そしてすがすがしい朝が――」
   夢の実現と崩壊を描いたこの小説は、「アメリカンドリーム」に一種の警鐘を鳴らす作品なのだ。

   この小説は、デイジー・ブキャナンに対する、ギャッツビーのかなわぬ思いを描いたラブストーリーでもある。2人の出会いは、物語の始まる5年前。若きデイジーはケンタッキー州ルーイヴィルの伝説の美女、ギャッツビーは貧乏な将校だった。2人は恋に落ちるが、ギャッツビーが海外出征している間に、デイジーは、粗暴だが非常に裕福なトム・ブキャナンと結婚してしまう。

   戦争から帰ってきたギャッツビーは、なりふりかまわず、富とデイジーを追い求めることに没頭する。やがて、当初は目的にすぎなかった富が、デイジーを手に入れるための手段になっていく。
 「彼女の声は金でいっぱいだ」
   これは、ギャッツビーが、この小説の中でも特に有名なシーンで発する賛辞の言葉である。

   金持ちになったギャッツビーは、デイジーの住まう高級住宅地のイースト・エッグと、ロングアイランド水道を挟んで向かい合わせの地所に大豪邸を購入し、ぜいたくなパーティーを開いて、デイジーが現れるのを待つ。そして、彼女が登場すると、物語は、ギリシャ劇につきものの、悲劇的な様相を見せはじめる。かたわらで冷静な目で見ている隣人のニック・キャラウェイは、終始「コロス」を受け持つ。無駄のない文章、 洗練されたストーリー、透き通った文体。『The Great Gatsby』は優れた詩文でもある。

ぼんやりとした霧のような
どうも『20世紀最高の小説ランキング』で第2位みたいです。

読んでいると、なんだかぼんやりした夢をみているような、そんな感覚でした。

特に奇抜なストーリーというわけでもないし(もちろん面白いけど)、どちらかというと文章のリズムや繊細な言い回しを楽しむ小説なのかと思います。

冒頭が特によかった。

原著で読むのがいちばんかと思うけども、そっちはかなり難解らしい。日本語にされてもその気は少なからずあります。なんだか、ふわふわした感じです。それがよいのだけども。

なんども読み返したくなる小説です。
すごく読みやすい訳になっていると思います。
「ノルウェイの森」を読んでこの作品を読んでみようかなと思いました。
僕は、野崎孝さん訳の新潮文庫版を先に読みました。普段から夢中になって本を
読むタイプではなかったのでとにかくゆっくりじっくり読みましたが、
少々解りづらい語彙であったり文章もあったので、最初あまりピンときませんでした。
この度村上さんの訳で、再度読んでみました。中学生が、読んでも解りやすい文章に
なっていて読みやすいなと感じました。それだけ村上さんが、
この作品に思い入れがあり、多くのひとに読んでもらいたいのだろうなと感じました。
原文を読んで理解出来るほどの語学力が、僕にあれば良かったのだけれど、
残念ながらありません。原文の美しさが評価されている作品のようですね。
ギャッビーの口癖の「old sport」は本書ではそのまま「オールド・スポート」と
訳されていますが、僕個人としては、野崎さんの「親友」と訳されている方が、
読んでいてしっくりときました。
本書を読んだ後で、野崎さんの訳書を読んでみると野崎さんの文章もかっこいいな
美しいなと感じることができました。
今後も何度か、読み比べてみる作品になりそうです。
文学としても娯楽としてもお薦め
アメリカ文学の代表作として、また村上春樹のベストセラー「ノルウェイの森」劇中に出てくる本としても知られる小説。自分は「ノルウェイの森」はNGだったので村上氏に対する思い入れは全くないのだが、この小説と翻訳については、見事だと思った。

翻訳というのは、どこかぎこちない「いかにも翻訳した」という文章も多いが、村上氏の訳文は非常にスムーズで読みやすい。彼のこの作品に対する思い入れの深さは巻末のあとがきに書かれているが、その熱意を確かに感じ取ることができた。

肝心の作品の方は、作者フィッツジェラルドの洒脱な、言い換えれば「気取った」言い回しが少々鼻についたが、高度な比喩によって、一言では言い表せない微妙な感情、空気感が表現されていて、これは確かに見事なものだった。

ミステリアスな大富豪ギャツビーと主人公の奇妙な友情、金持ちの豪華で騒がしいパーティー、人妻への叶わぬ恋、不倫相手とのガチンコバトル、悲劇的な結末…等々が、洗練された筆致で生き生きと描かれている。正直、つまらないテレビドラマを見るよりずっと面白かった。単純にエンタテイメントとしても楽しめる小説。

個人的には、最後の美しい文章に込められた、理想への切ない希求―に胸をつかまれた。村上氏がこの作品に感じたものを、自分も分かち合った気がした。そういえば、自分は主人公のニックと同じ歳だった。
訳書だと海外での評価ほどのものとは思えない作品の1つ?
人妻デイジーに思いを寄せるギャツビーのひと夏の物語。
主人公というか物語の主な視点となっているは、ギャツビーの隣人のニックである。
日本人でこの本を読んだ人の大半は、訳者の村上春樹の「ノルウェイの森」を既に読み、その中で出てくる作品だから読んだ、というのが最大の理由なのだと思う。私もその内の一人だ。
村上春樹が「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本」の一つとして挙げている作品でもあるが、他の日本人読者同様、それほどの作品とは思えなかった。少なくとも私の読書経験の中でベスト3に入るような作品ではない。
海外では、フィッツジェラルドの死後に評価が高まった作品のようだが、海外での評価や村上春樹のこの作品に対する評価が納得できるようになるのは、やはり英語の原文で読み終えてからなのかもしれない。
社交界の群像から悲劇の展開へ
ニック・キャラウェイが隣人、ジェイ・ギャツビーらさまざまな人たちとのひと夏の物語を回想する。
前半で主に舞台となるのは、パーティーの席上だ。
それは、ギャツビーの豪邸で、トムの愛人のアパートで、酒と白粉の混じったような匂いを読者に喚起させる。
1920年代のアメリカの上流階級(現代も、どこの国でも、上流階級のパーティーは存在するのであろうが)の生態がかいま見られる。
虚無的で華やかな始まりであるが、後半、物語は暗転してゆく。
結局、3人の死者を出して物語は終焉するのであるが、見事なストーリー展開と描写に圧倒された。

ギャツビーの、デイジーへの叶わぬ恋への情熱は、男性読者には、痛々しく感じられるであろう。しかし、恋、そしてそれが成就しない時に心が受ける衝撃、の隅々を、ここまで見事な文章に落としている著者フィッツジェラルドの文章力はさすがである。

訳者は人気作家の村上春樹氏である。
作家「村上春樹」の黎明期、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」などの作品を読んだが、それらに比べると、本作品は非常に重層的で、密度が濃い。
村上氏が、読者として夢中になり、小説家として目標の一つにしてきた、というのはまったく頷ける。



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