「回送電車」はエッセイというか散文というか、取り留めの無い思考を文字に置き換えているのに、最後は綺麗にまとまる(もちろん計算されているのでしょうけれども、その計算高さを微塵も感じさせません!プロです)文章です。あえて、カテゴライズされない事を望むというか、自然になってしまった堀江さんが回送電車にその同類としての意味を感じたことからはじまる、『回送電車主義宣言』は堀江さんのファンとして読んで良かったと思いました。
その他、『オレンジを踊れ』の視覚的、情景的美しさと儚さとか、『山の神さまがつける口べに』の おまんがべに という単語の持つ意味、『裏声で歌え、河馬よ』のおとぎ話に出てくる河馬イッポの歌の事、『トリケラトプス』のおもちゃのトリケラトプスとおばちゃんの関係、『ガンゴール』のガンゴールの正体とか、もっといろいろ語りたいのですが、あとは読んでみてのお楽しみに!
「回送電車」の『身体よ、忘れるな』より引用
‘行き当たりばったりに進めてきた読書が、ある触媒を得て有機物のようにひろがっていく快感をほとんど一瞬のうちに凝縮して味わうことができた‘
私も「回送電車」で味わう事ができました。オススメします。
回送電車
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芥川賞受賞作「熊の敷石」で堀江氏の作品に初めて出会った後、氏の作品を追っかけています。氏の作品の特徴である小説ともエッセイともとれる作風がなんとも心地よく、読んでいる間、背筋がスッと伸びるように感じます。作品によって小説の方へ傾いたり、エッセイに傾いたり微妙に振れる感じが面白い。文学・芸術・パリの事・音楽から身辺雑記などをテーマに、適度にに抑えられたユーモアを織りこみながら強靭な知性に裏打ちされた折目正しい文章によってつづられています。更にテーマ自体も現在は文学史の波間に埋没してしまった様な作家やメジャーであっても読んだことのない作家をとりあげる傾向を感じます。氏を芸術全般の水先案内人として、新しい芸術や文学の世界が広がって行く様に感じます。
この56編からなる散文集を読み終えた時、「回送電車」というタイトルでこの一冊をまとめ上げてしまう作者の感覚の鋭さを、改めて噛みしめることになるだろう。
回送電車は何の前ぶれもなく目の前に表れる。コントロールを誤ったボールから、古本のすき間から、ふとした読み間違いから…。その瞬間、驚くべきスピードで忘れていた記憶が鮮やかによみがえり、全く違う場所へ連れ去られるような経験は、誰でも身に覚えがあるのではないだろうか?
この散文集では作者の少年時代から現在、または故郷の岐阜からフランスまで、場所や時間だけでなく、ありとあらゆる枠組みを越えて、想いが駆け抜けてゆくさまが綴られている。数々の一瞬はつながり、どこか無限なものへとたどり着けるような昂揚感を読む者に与える。ひそやかながらも、幾すじもの残像をまぶたの裏に焼き付けていくような、まさに「回送電車」の名にふさわしい作品である。



