◆「憑代忌」
内藤三國と佐江由美子は、南アルプスの火村家に
「御守り様」と呼ばれる人形の民俗学調査に訪れた。
その翌日、人形が土蔵から紛失し、後に発見
された際には、無惨にも顔が潰されていた。
そしてその直後、人形と同様に顔面を潰された
火村家の当主・火村恒美の死体が発見された。
火村家の御守り様は、恒美に降りかかる災いを我が身に引き受ける形代とは
ならず、ただその死を予言する、悪しき憑代でしかなかったのか……?
殺人と人形破壊を逆説的論理で結びつける着想が秀逸。
オカルティックなロジックや道具立ての背後に、
世俗的な動機をしのばせる手際もお見事です。
写楽・考―蓮丈那智フィールドファイル〈3〉 (新潮エンターテインメント倶楽部)
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「民俗学」と聞いて、ピンと来る人はなかなか居ないのではないでしょうか。
悪く言えば「マイナーな学問」に携わるある学者とその助手の、波乱とサスペンスとを描いたストーリー。
誰もが聞いたことがある説話から、誰も聞いたことがないような説話にまで大胆なアプローチでの解釈を行い、それをさらに現実の事件にも関連させて物語としている、今までに類を見ない新しい分野の小説ではないでしょうか。
それでいて、一話一話は読みやすいサイズにまで無駄を切り落としているのは、まさにプロの技。
「推理小説」や「サスペンスノベル」だけでは語れない、新たな楽しみを是非。
悪く言えば「マイナーな学問」に携わるある学者とその助手の、波乱とサスペンスとを描いたストーリー。
誰もが聞いたことがある説話から、誰も聞いたことがないような説話にまで大胆なアプローチでの解釈を行い、それをさらに現実の事件にも関連させて物語としている、今までに類を見ない新しい分野の小説ではないでしょうか。
それでいて、一話一話は読みやすいサイズにまで無駄を切り落としているのは、まさにプロの技。
「推理小説」や「サスペンスノベル」だけでは語れない、新たな楽しみを是非。
作者本人がどこかでぼやいていたように、短編一本分に掛けるコストが通常のよりもずっと大きいことが、明らかにこの蓮杖那智シリーズの一編一編に膂力を漲らせる源泉になっているのは疑いを得ない。いや、作者の力でなら十分長編化できるネタを、短編に用いている(あえて短編サイズに刈り込む)ことで、ソリッドな世界観を構築できているというべきだろう。蓮杖那智のクールさは、実は道化と紙一重だ。彼女自身のパースペクティブによって、「世界」は鮮やかに裏返されるが、かなりアクロバティックな所作がコンパクトに違和感なく提示されるのは、奇矯さを「逆説」を担保にひとつの論理へと昇華させる、作者の絶妙な手腕に他ならない。そう、これこそ「探偵小説」の醍醐味ではないですか!
――で、名探偵が道化を引き受けず超然としているなら、その取り巻きが代行するほかない。かくして、三國クン受難の日々が続くわけです。……巻頭作「憑代忌」は伝奇ミステリに泡坂妻夫風ブラックユーモアの味付けをした怪作(ていうか二話目のタイトルはもろ泡さん宛ではないですか)。後の作品も伝奇に逆説と諧謔の味を加えて間然するところない。――表題作は陶子登場にして、キツネ目さんもレギュラー入りする雰囲気で、ファン心をくすぐります。
それにしても、なんて大胆不敵なタイトルだ。
――で、名探偵が道化を引き受けず超然としているなら、その取り巻きが代行するほかない。かくして、三國クン受難の日々が続くわけです。……巻頭作「憑代忌」は伝奇ミステリに泡坂妻夫風ブラックユーモアの味付けをした怪作(ていうか二話目のタイトルはもろ泡さん宛ではないですか)。後の作品も伝奇に逆説と諧謔の味を加えて間然するところない。――表題作は陶子登場にして、キツネ目さんもレギュラー入りする雰囲気で、ファン心をくすぐります。
それにしても、なんて大胆不敵なタイトルだ。



