ある日、18歳になったばかりの少女、椿文緒は旅に出た。行方知れずとなっている父親カヲルの消息をたどるための旅。そしてそれは実は、4代にも渡る祖先たちの、恋の足跡をたどる旅でもあり、また、20世紀という100年の、日本の歴史をたどる旅でもあった。
さまざまな恋のエピソードから、その背景にある20世紀が浮かびあがってくる。登場する実在人物もそうそうたる顔ぶれ。プッチーニのオペラで有名な蝶々夫人、終戦直後の日本に多大な影響を与えた連合軍最高司令官マッカーサー元帥、昭和の日本を代表する映画女優…。
激動の歴史に翻弄された人々の、実らなかった恋、隠さねばならなかった恋。そういった恋のひとつひとつが、日本の歴史という大きなものをも変えていたかもしれない、という事実がしだいに読み手を圧倒していく。それだけではない。「私が今ここにいるということ」は、名前すら知らない祖先たちが恋をし、それが実ったり実らなかったりした結果の、ある意味、途方もないくらいの偶然の産物であるという当たり前の事実に、何とも不思議な感慨を覚えずにはいられなくなってくる。
これまで実験的な文体を用いたり、意図的に定期的に文体を変えてきたりした島田が、ようやく「本当に書きたいものを、書きたいように書いた」。そんな印象を受ける。のびのびとした筆運びで緻密に描き出されるエピソードが、有無を言わせず、読み手を物語に引き込んでしまう。淡々と「君は…」と客観的に呼びかける語り手の口調と、作中の人物の口を通じて紡ぎだされる、回想の中の繊細な感情の揺れ。2人の語り口調の微妙なバランスから、見知らぬ人の恋心が時代を越えてまるで自身の恋心かのように伝わってくるのは、やはり島田の本領発揮といったところ。
過ぎ去った20世紀の恋に思いを馳せるだけでなく、さらに、21世紀においてはどんな恋が待ち受けていて、その恋は100年後にはどのような人物の存在を可能にしてゆくのか。壮大な物語に刺激を受けて、ついそんなことを考えさせられてしまう1冊である。(盛岡真美子)
大学を卒業する頃読んだ本です。
どこかで読んだことがあるような内容(蝶々夫人だとか)なんですが、そのことが問題にならないくらいの筆力で読ませます。
読むと、登場人物や登場人物のモデルになった人のことが気になってその人たちが考えていることを知りたいと思うようになりました。
生き方は自身で選択し自身で責任を取るのは当たり前のことなんですけど、そういうことを考えてはいけない、籠の中の鳥という感じの状況、立場にある人は何を考えているのか…そのようなことが知りたくなったのです。
人は誰しもなにかしがらみに囚われているものだと思います。それが、先祖からの因縁だったらどうだろうと、この作品は恋愛のことですが他の事柄に当てはめて考えてみることもできます。
島田雅彦はどの作品(小説)を読んでもずるい人だという印象を与える人ですがこの作品でもやはりずるさを感じてしまいます。
このずるさはうまさに言い換えることができるのかどうか…今のところ判りかねています。
個人のレベルでの思考が表象されるとき、そこに存在していた無数の真実や他者と向き合おうとする思いは主体から乖離し、一たび表象された思考は他者のそれぞれの解釈に任されることとなる。思考は言葉や文字によって個人の抑制の範疇を越えた怪物となる。誤解はそういったところから生じ、弁明の言葉や文字によってその誤解は更に進み、やがて手遅れとなる。日本現代詩を代表する詩人・田村隆一の残した、“言葉なんて覚えるんじゃなかった 言葉のない世界 意味が意味にならない世界に生きていたら どんなによかったか”という、「言葉」が身に染みる。だが、当然、「言葉」は時として愛を伝え、大切なものを他者と交感する手段として、また思考の伝達にも大きく貢献する。
島田雅彦は、その「言葉」を使う小説家として、この小説で大きな事をやり遂げた、と思う。
典型的な近代恋愛小説。美しい男女が出会って恋に落ちるも、階層の壁が2人を隔てるという、「ロミオ&ジュリエット」以来の報われない悲恋の物語。それが主人公の一家四代にわたって繰り返される。
蝶々夫人の孫の恋した相手がかの有名女優でかつマッカーサーの愛人だったり、その息子の初恋の相手は真空の場所に住むかの女性だったりと、あざとすぎる設定。どう考えても馬鹿げていて、この文学っぷりは著者が毛嫌いしている辻仁成あたりが真似したがるんじゃないの、とか言いたくなるんだけれども、やっぱりおもしろいことは否定できない。
しかし「母親や近所のおばちゃんにも分かるように書いたんだぞ。」という発言(「波」2000年12月号)は著者の本音だろう。それに、恋愛の相手がどれだけスキ!ャンダルだろうと、恋愛自体は定型的(というか、近代恋愛小説である限りそうなんだけど)だから、語り口の工夫やら何やら小説技法の部分に関心がない人にとっては退屈なだけかもしれないとは思う。
「傑作とは狙って書くもの」と「文豪宣言」した島田雅彦の最新刊。「人のやることだ、長続きしない」「夢の中で会う人は死者と同じ成分でできている」など島田節炸裂が楽しい。読めばきっと心に残る言葉が幾つもあるはず。ほんわりした夢幻の空間にしばし浸れる、白夜のような一冊。日本の現代史ってどんなだったっけ? と昔の教科書を引っぱり出したくなるかも。