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百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))
ガブリエル ガルシア=マルケスGabriel Garc´ia M´arquez鼓 直
価格: ¥2,940 (税込)

単行本
出版社: 新潮社
発売日: 2006/12
ISBN: 4105090119
おすすめ度:4.5
Amazon ランキング: 4019位
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驚異的な表現
レビューに触発されて買ってしまいましたが、なるほどこれは確かにすごい。
文学、音楽、絵画、映画、建築…とあらゆる芸術体系がありますが、この作品は「文学が可能な芸術表現の極み」に達しています。文学ってものがここまですごいとは思いませんでした。
まさに一読の価値あり。高いですが損はしません。私は図書館で借りて読んだのですが、手元に置いておきたくて結局現物を買ってしまいました。中古が出回っていないことからも、この本の質の高さが良く分かるかと思います。
異常に再読したくなる謎の本
 たまに「読むのにかなり苦労する」という人がいます。同感です。或る一族の運命を数代にわたってずーっと追っていく年代記のような物なのですけれども山らしい山場がなくてあってもごく短く、また山場と言うよりは人物の特徴として処理されている感じがあるので読んでいる内は言うほどおもしろさを感じません(自分だからかもしれませんが)。自分は読んでいる内に半分流し読みみたいになってしまったり、読んでいるうちにまわりの人に「言うほど面白くない」とかいいふらしらりして今さら後悔していたりします。読了した後がすごいんです。猛烈に読み返したくなる。そう感じた当初なぜか分からないんですけど本当に数日の間はこの本のことが頭から離れませんでした。描写の独特さにあるんでしょうね、この本の魅力は。暑い地帯の季節感の濃い描写、独特の妖しさ、ごく自然に物語に挿入される超自然的な出来事、各登場人物の細やかさ。どれをとってもすごい作品です。
 読むのにかなり気力と労力を要求する作品ですが読んで絶対に損はしない、いや死ぬまでに読んでおきたい名作です。
ちょっと暗いかも
正直、星は4つくらいかな?というところですが・・・
登場人物全員に、あまり魅力を感じませんでした。
まぁ、たくさんの人が出てくるので、目立つ人が多くては話が進まないんでしょうね。
たしかに面白いけれども、読んで良かったと思うほど、印象的なシーンや感動はありませんでした。
傑作だとは思いますが、魂を揺さぶるような物語ではないかと思います。
愛と孤独の迷宮
 久しぶりに物語に呑み込まれました。
 蜃気楼の村マコンドの百年の歴史、開拓、隆盛、衰退、滅亡を開拓者のブエンディア一族を中心に書いています。一族の一人一人に受け継がれ巡る孤独、それぞれが抱える人間の葛藤を味わいつくし、読み終わったときには少しばかり呆けてしまいました。また文章のそこここから感じとれる南国特有の熱さや妖しさ、生命力と退廃がマコンドと一族の趨勢に色と熱気を添えています。
 とにかく濃い。物語の焦点があちらこちらに飛んだりするし、外国文学に慣れていないと読みにくい部分もある。しかし一度読み始めると途中で止めることができない引力があります。ガルシア=マルケスにとっての「孤独」とは、「愛」とは。なんとなくわかったような、わからないような。一族の家系図をみて唸っています。
世界は小説? 物語?
ああ、読んでよかった。有名な『百年の孤独』。ノーベル賞が、「世界的名作」という言葉が、重い。そんなわけで、読んだ人々の話を憎らしく思いながら、黙って聞いていたけれど。読み終わった今は、言える。これは、世界的名作の前に、最高のエンターテインメントだ。全然、重くない。楽しい。面白い。で、ついでになんだか世界の秘密に触ったような気になれる、すごい本だ。

とはいえ、正直、読み始めはかなりつらかった。

登場人物の名前が、ややこしい。お父さんのホセ・アルカディオ・ブエンディアの息子が、ホセ・アルカディオと、アウレリャノ・ブエンディア。そのまた息子が、アルカディオと、アウレリャノ・ホセ。ホセ・アルカディオ・セグンドとか、アウレリャノ・セグンドとかいう人もいた。こんな具合に、ブエンディアさんのお家は、こちらの都合もおかまいなしに、産まれた子供にどんどんおんなじ名前をつけていく。死んだ人も、普通にその辺をうろうろしているので、ますますわかりづらい。

時間の経過が、わかりにくい。時系列順に進んでくれない。この物語は、人だったり、出来事だったりを中心とした、エピソードが積み重なって出来ている。あるエピソードの途中で、「これはだれだれがなになにをしていた頃のことだ」、とか出てきて、別のエピソードと重なり合うことで積み重なっていく。気がつくと、いつの間にか時間が少しずつ進んでいるのだ。年号とか、基準になるものは全然でてこない。

ああ、もう! と思っているうちに、100ページを過ぎたあたりから、そんなことを気にしなくなりだす。すると、もう、あっという間。というのも、だんだん、ルールが、体で分かってくるのだ。

この本、「ガルシア=マルケス全小説」の中の一冊だけど、小説ではないと思う。物語だ。エピソードで世界をとらえるやり方は,小説よりも、物語のルールだ。ここでは、聞き手を飽きさせないことが何より優先される。流れを遮るものは、省略される。だから、正確な時間なんかはどうでもいいものなのだ。そして物語は、聞くものを飽きさせない細かいディテールで出来ている。だから、聞いたそばから忘れられていく。

きっと、人間は、小説が出来るずっと前から、こうやって、物語の目で世界を見てきたのだ。今の僕らは、小説のものの見方で世界を見てしまっていて、だから、家系図なんかを欲しがってしまう。物語には、こんなものはいらない。家系図は、この本を小説にしてしまうと思う。

物語は蜃気楼で、聞き終わったら、忘れられるもの。それが、寂しい。本当に、本を開いてマコンドにいる間は、それこそ自分が読者であることすら忘れてしまうのに。

でも、僕らの中には、漠然とした物語の輪郭が残る。世界を見る物語の目が残る。それが、本を閉じた今でも、もぞもぞうごめく。それが、新しい物語の芽になる。僕は、もう、間違いなくこの物語から産まれただろう物語を、いくつも思い出している。



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