特定の個人に向けて集団で書く「片説」。片説家として生計を立てている主人公木原は、ある日解雇を言い渡される。小説への卑屈な思いが拭いきれない木原。小説を書く才能があるのに、片説を書く「やみ」。「1000の小説」計画。失踪した片説依頼人。「日本文学」とは誰か。小説に関わるあらゆるものが錯綜する作品。
久しぶりに、小説を読んでびっくりしました。何だこれは、第一声。次に、興奮。面白い。
何で人間は小説を読むのだろう。なくても生きていけるはずだ。でも人々は小説を読み、たまには書く人もいて、そうし人がしんでも小説は残る。
その不思議な営みに思いを馳せたいのなら、絶対に読むべきだ。
1000の小説とバックベアード
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読みながら、テレビの世界を舞台にした似たような小説が書けるなあと夢想していたら、
あ、この小説自体、「フリッカー、あるいは映画の魔」と、構造がそっくりだ、と、
気付いた次第。
あ、この小説自体、「フリッカー、あるいは映画の魔」と、構造がそっくりだ、と、
気付いた次第。
著者にとってはあまり褒め言葉にはならないかもしれないが、さくっと読める。内容がことさら軽いというわけでもないと思うのだが、文章が読みすすめやすい。ふだん私はあまりさくっと読めるようなものは読まないし面白いと思わないのだが、そんな私にもこの本はテーマもストーリーも読み応えがあって面白かった。テーマが著者にとって切実なものであることが伝わるので、ある種のエンタメ作品を読んでいるときにふっと感じる「どーでもいいよ、このお話」みたいなものも感じることなく、著者の熱気に促されるようにして真剣に読めた。高橋源一郎が絶賛していたが、高橋源一郎が「教養」がありすぎて出したくても出せない軽さがあるなと思う。
久々に佐藤友哉の小説を読んだ。
全然、変わっていなかったね。
無理に難しい言葉や言い回しを使っているな、という印象を受ける独特の文章。
伏線なしの唐突で強引なストーリー展開。
本人も本当は理解していないのではないだろうか?とも思える難解な純文学的表現。
これはまさに佐藤友哉の小説だ。
内容的にまるで売れそうにないのも佐藤友哉的だ。
全然、変わっていなかったね。
無理に難しい言葉や言い回しを使っているな、という印象を受ける独特の文章。
伏線なしの唐突で強引なストーリー展開。
本人も本当は理解していないのではないだろうか?とも思える難解な純文学的表現。
これはまさに佐藤友哉の小説だ。
内容的にまるで売れそうにないのも佐藤友哉的だ。
デビュー作からは想像できなかった作品。
佐藤友哉さんはこういう風になったのねって嬉しくなりました。
なんとなく丸くなったかなと思いました。
刺々しいユヤタンも好きだけど、こういうのもありです。
ただなんとなく読んでいると村上春樹を思わせる感じです。
佐藤友哉さんはこういう風になったのねって嬉しくなりました。
なんとなく丸くなったかなと思いました。
刺々しいユヤタンも好きだけど、こういうのもありです。
ただなんとなく読んでいると村上春樹を思わせる感じです。



