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青猫家族輾転録
伊井 直行
価格: ¥1,785 (税込)

単行本
出版社: 新潮社
発売日: 2006/04/27
ISBN: 4103771046
おすすめ度:3.5
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主人公と娘の関係にリアル感がない
中堅商社に入ったものの社内抗争で会社を追われ小さな会社を設立した「僕」が若くして亡くなった叔父に、社会人生活の転変、娘の妊娠・結婚、死期が近づいた先輩について語りかける。
 主人公の経験が一人称で淡々と柔らかく丹念に綴られてゆく文章は読みやすく好感を持てた。また、主人公の「失われた10年」における経験は、自分及び自分の周囲に当時起こった出来事と重なる面もあり、正直共感を覚えた。細かなエピソードの積み重ねが、主人公及び周囲のキャラクターの造型に厚み(現実感)を持たせたと思う。
 ただ、主人公と娘の関係には違和感が残った。文中で主人公は妻からも娘に対して甘いとの指摘を受けているが、対娘に対しては甘いおじさんになってしまうのだ。「失われた10年」を苦労して乗り切ってきた主人公の行動として私個人としてはリアル感が無さ過ぎるように思えた。そして、そのためにこの小説の主題(テーマ)がぼんやりとわかりにくくなっている気がした。私にはまだ小学生低学年の子どもしかいないからこのような印象を受けたのかもしれない。子どもの成長とともに、受け止め方は違うのかも。
昔好きだった人と再会したみたいな、複雑な読後感
 「五十を過ぎた自分に戸惑い、年齢にふさわしい文体がこの世には存在しない」ため、不本意ながら「僕」という一人称で「一昔前の若者小説みたいな文体」で書かれたのがこの小説だ。五十一歳の「僕」は中堅商社での社内抗争に揉まれながら、自分なりの正義を貫き、独立・起業し、不本意な目に遇いつつも、現在の地位を築いてきた。
 「僕」は1990年代を「失われた十年」と呼ぶ。その間の努力と苦労は、心にさまざまな傷を残したし、何よりも、最愛の一人娘が、父親の仕事のめぐりあわせから、学校生活に挫折し、夜遊びを繰り返した揚句に妊娠してしまったのだから。
 ……読み終えて複雑な感慨に囚われた。というのも、私はこの作者の「一昔前の若者小説」のファンだったからだ。その頃の小説に出てくる、職場でいろんなことに耐えながらも、心に小さな刃を隠し持った、でもかなりヘタレな、モテないけど母性本能をくすぐる会社員たちに、恋をしていた、とも言える。
 九十年代のこの人の小説はどこか萎縮した感じで、作者自身それを「失われた十年」と感じていたのだろう。今回の作品は、起死回生の一作なのか、それまでの、作品との微妙な距離感やてらいがあまりない。「僕」はありのままに自分の家族観、人生観を時に演説調で語るし、235ページに列挙される好きだった作家の実名には、あっさり手の内を明かす正直さに驚愕したほどだ。
 でもやっぱり、老いたな、という失望は隠し切れない。娘に対する親バカぶりなど、つい引き込まれるのだが、素直に共感できない。自分のほうが無理に若作りな読者を演じているのか?
 いや、わかった。この主人公が「皆の幸福」を考えているのが腑に落ちないのだ。かつてこの人の八十年代の小説中で、主人公が、企業研修の講師を「私は別に幸福になることを目的に生きているわけではないので」と言ってやりこめる、その場面を読んで恋におちたのだから。
 
「愛の原理」よりも「公正・公平の原理」
 この小説には「愛の原理」荻田と「公正・公平の原理」矢嶋が登場する。「愛の原理」よりも「公正・公平の原理」をやせ我慢的に判官びいきする主人公・矢嶋には一面で共感する。「一面で」って留保があるのは、主人公のかっこつけ、観念的な思考を全面的には肯定出来ないからだ。まぁ愛剥き出しでヒューマンな生き方に臆面のない荻田には共鳴したくないってだけで。「愛の原理」が人間が生きていくための推進力だとしたら、「公正・公平の原理」は行き過ぎに歯止めをかける抑止力だろう。そして、今の世の中は「愛の原理」だけがまかり通っている。皆、愛がプラスオンリーだと思いたがってるし、愛されたがっているし、何よりも自分が愛おしい。だけど、それだけじゃ世の中成り立たないってことを、いつの間にか皆、自覚出来なくなってきている。
 「なんとか世代といえるほどの連帯意識を持たないのが、僕たち団塊直下の年齢層の特徴といえば特徴だが」って言葉が出てくるけど、伊井直行の小説しては珍しく、世代、時代についての記述が多い。この団塊直下、今50代前半の人々って、確かに団塊を反面教師的に見ているから、無共闘でクールでシニカルに見える。割り切って自己愛に生きていく荻田タイプもいるけど、組織の矛盾を目の当たりにして公正・公平に逆に依怙地になる矢嶋タイプも多い。僕としては、今のパワーバランスとして、もうちょい「公正・公平の原理」が幅を利かせても良いと思うんだけどな。



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