「ナラタージュ」を1年以上前に読んで以来の、島本理生2冊目です。
「ナラタージュ」より、格段にいいと思いました。
著者のあとがきにもありましたが、「ある1つのテーマに沿った短編集を作ろう」という、はっきりと目的を持って
書き始められた、そこがいい方向に出ていると思いました。
「主題」ありき、だからぶれていない。
ただ、この3つの短編の中でも、一番「等身大」な感じがする、「猫と君のとなり」が、やはり一番作品として、まと
まっているのではないでしょうか。
「ナラタージュ」は、言葉や表現など、表面的なことにこだわるあまりに、一番大切な「これを伝えたい」という作品の
核となるものが、ぶれてしまっていたような気がします。
だから、読んでいる時は、「みずみずしい」という「感じ」はしても、後には何も残らない。
無理に設定で人を引き付けようとせずに、20数年(?)自分が生きてきた中で、手の届く範囲の物語を書いた時に、
この人の文章力がよく分かると思います。
「クロコダイルの午睡」も、部分部分惹き付けられる表現がありました。
やはり成長しているんですね。
大きな熊が来る前に、おやすみ。
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初めて島本理央氏の作品を読みました。
題材は悪くないんだけど、文章・表現が少々幼いような気が。
と思ってプロフィールを見たら若い人だったので、
こんなもんなんだろうか、とも。
でもやっぱり少し素人くさいような気がします。
気になって物語りに没入できませんでした。
他の作品も読んでみたいと思います。
でも次も同じような感想なら、もう読まない。
題材は悪くないんだけど、文章・表現が少々幼いような気が。
と思ってプロフィールを見たら若い人だったので、
こんなもんなんだろうか、とも。
でもやっぱり少し素人くさいような気がします。
気になって物語りに没入できませんでした。
他の作品も読んでみたいと思います。
でも次も同じような感想なら、もう読まない。
短編というよりは中篇三本。描き方は短めの長編という感じ。いわゆる短編らしくシーンを切り出すという感じではなく、短いながらも物語を語っている。「熊」は島本世界の既視感が強く読みづらかった。まだ表現すべきものの核心をつかみきれずにもがいている感じ。「クロコダイル」はちょっぴりミステリー感がいつもの島本世界に加えられていて新鮮。「猫と君のとなり」もほどよい緊張感が良かった。今までに培ったものをゆっくり反芻しながら、少しずつだが新しいものに挑戦している感じがある。
ひとつのテーマで書いた3つのショートストーリー。
何らかのトラウマを抱えた主人公たちがそれぞれの方法で
その傷と向き合っていく。
しかし、いまひとつ物語に乗り切れなかったのは、
そこに深みが感じられなかったから。
彼女たちを傷つけた存在にまつわる描写がすくなく、
彼らのアイデンティティを示すものも十分に提示されていないため、
物語が平面的になってしまっているのだと思う。
何らかのトラウマを抱えた主人公たちがそれぞれの方法で
その傷と向き合っていく。
しかし、いまひとつ物語に乗り切れなかったのは、
そこに深みが感じられなかったから。
彼女たちを傷つけた存在にまつわる描写がすくなく、
彼らのアイデンティティを示すものも十分に提示されていないため、
物語が平面的になってしまっているのだと思う。
この短編集に登場する主人公の女の子たちは、マスコミがショーバイ的に造形し、彼女たちと接点のないオジサンが勝手に夢想する“今どきの若いコたち”の規格からは外れている。例えば主人公は、「彼女に代表されるような、苦労もせずに与えられた平和の中で平気で文句を言える、そういう育ちの子たち、すべてが憎いのだ」なんて世をすねたようなことを独白しちゃうような女子なのだ。一方で「他人から必要とされたり求められることに、どうして私の心はこんなにも弱いのだろう」なんて言いつつ、カノジョのいる男にきまぐれに呼び出されると、慣れない化粧をしたり、似合わない服を買ったり、閉店間際のディスカウントストアに自転車を走らせ、ホットカーラーまで買っちゃうような面もある。このかっこ悪さ、トホホぶりが鬱陶しくも、いとおしいんだよな(いや、逆か)。でも、このイタい感じに読者は共感とか反感とか何らかの感情を触発される訳で。表向きはひとり生活に価値観を見出そうとしている主人公だけど、人一倍、人とのつながりを求めてるんだよね(ファザコン的幼児体験も起因)。しかし、こういう地味めでまじめでモテない女の子の造形って昔も今も変わんない。野暮ったくて、料理はうまくて、その実、すっげー恋愛に飢えていて(そういうコたちの男趣味ってのも昔と変わんない)。結構、そこら辺の、綿矢りさ的でも金原ひとみ的でもない、実はもっともボリュームゾーンであるだろう女の子たちの最大公約数的な心情、風俗を掬い取ってるってとこが、島本理生の評価できる点である(文学としての優劣とかじゃなく)。
「煉瓦造りのパン屋は、小さいけれど良い仕事をしていて」なんて年長者からするとかなり恥ずかしい表現も散見するけど、その若気の至りっていうか、本人の自覚しないところで色々さらけ出しちゃっているあれこれが読んでいて楽しい。著者と主人公が等身大なんだよね。
「煉瓦造りのパン屋は、小さいけれど良い仕事をしていて」なんて年長者からするとかなり恥ずかしい表現も散見するけど、その若気の至りっていうか、本人の自覚しないところで色々さらけ出しちゃっているあれこれが読んでいて楽しい。著者と主人公が等身大なんだよね。



