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嵐が丘 (新潮文庫)
エミリー・ブロンテ鴻巣 友季子
価格: ¥740 (税込)

文庫
出版社: 新潮社
発売日: 2003/06
ISBN: 410209704X
おすすめ度:4.0
Amazon ランキング: 16716位
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荒野は、女の内なるワールド
二人のキャサリンの魅力(可愛さと愚かさ)に惹かれ、最後まで読んだ。ヒースクリフを主人公と読むのが普通らしいが、彼よりも、三人の女(二人のキャサリンと語り手のネリー)の方が、存在感がある。たぶん、三人は一人の女だろう(ネリーはキャサリンを語る為の存在)。そして、物語の舞台の荒野とは、その女の中に存在するワールドだ。その世界で、男達は、女に魅せられ、争い、苦しめられる。女の内部ワールドが、陰陽ともに生々しく投影されているのが、この作品の魅力。そして、描写の迫力や語りのテクニックとも相まって、この小説を名作たらしめている。そう感じた。
ケルト民族の古代悲劇
嵐が丘を近代小説として読むと
思いこみだけで行動する人物像に、
人形劇のような不自然さを覚えてしまう。
しかし、嵐が丘は、ギリシャ神話のように、
荒野に生き愛し死んでいくケルト民族の古代劇として読まれるべきなのだ。
心理学者河合隼雄がいうように、人間の愛や嫉妬や憎しみといった感情は、
それこそ古代から現代まで何も変わっていないのだ。
スコットランド荒野という限定された舞台をつかって、
いや限定された舞台だからこそ、
人間の原始的欲望や愛憎が明らかになる。
ギリシャ悲劇や源氏物語のように、
エミリー・ブロンテは、伝えられず消滅していたケルト古代劇を、
巫女のように想像力で時空を越えて読み解き、
たまたま生きていた19世紀に作品としたのだ。
エミリ・ブロンテは、ケルト古代劇を憑依されて伝える巫女なのだ。
嵐が丘を書いた後、巫女の役目を終えたエミリは、30歳で神に召された。
嵐が丘は、荒野に生きるケルト民族の古代悲劇なのだ。

しかし、この新潮社版の翻訳者は、
原文がそんなに下品な言葉でないときでも、
下品な日本語に訳すなど、
英語の階級差による微妙なニュアンスが理解できているか疑問なので、☆三つです。
原書は、もちろん☆5つです。
要所要所は、ぜひ原文で"Wuthering Height"を読むことをおすすめします。
見かけ上の恋愛小説ではない人生ドラマ
19世紀を代表するイギリス文学。夭逝したE.ブロンテにとって唯一の作品。20世紀になってから評価が高まったようだ。舞台はヨークシャーの「嵐が丘」と言う館だが、主人公の名前をヒースクリフ(=Heathcliff=崖に生えたヒースの木)と言う直截的な名前にした事と言い、ストーリー展開と言い古めかしい感があるが、物語に秘められた普遍的な人間性が買われているのだろう。

物語は「嵐が丘」の女中の回想談の形式で語られる。「嵐が丘」の旧館主アーンシャーはある日ヒースクリフと言うジプシーの孤児を連れてくる。アーンシャーにはヒンドリーと言う息子とキャサリンと言う娘がいる。アーンシャーは人徳者として描かれ、ヒースクリフを家族の一員として育てる事で、我が子の人間性を豊かにしようと図るが、二人の反発を招く。ところが、いつしかヒースクリフとキャサリンは恋仲に陥ってしまう。アーンシャーが亡くなると、ヒンドリーのヒースクリフに対する憎悪が爆発し、虐待を繰り返す。そして妹のキャサリンをリントン家に嫁がせて、ヒースクリフとの仲を裂く。ヒースクリフはいったん姿を消すが、財産家として舞い戻り、ヒンドリーとリントン家への復讐を開始する...。

一般にこの作品はヒースクリフの愛と復讐の物語と呼ばれているが、それだけでなく当時のイギリス階級社会を扱った点に特徴があると思う。作中でヒンドリーは悪役を演じているが、当時としてはむしろヒンドリーの反応が普通だろう。そこに切れ込んだ所に斬新さがある。もう一点は、上述の階級問題も含めて、登場人物を様々な立場に置く事で愛・名誉・憎悪と言った人間性を炙り出している点である。結末に到って、幸福をつかむ人間が一人もいないと言う点にブロンテの人生観・人間観を感じる。
面白かった
映画でこの作品を観て、とても感動したので、原作本も読んでみたく、読んだところ、映画の方ではキャサリンが病気で死んでしまうところで終わったのだが、原作本では娘の代まで物語が進んでいき、ヒースクリフの最後まで語られているので、映画の続きを観ることが出来たようで良かったと思う。さすがに原作本だと描写が細かく、映画だと大筋しか観れないのに対して、細部の状況まで把握することが出来、満足出来た。
幽霊が騒ぐ
まるでハロウィンのように、嵐の吹く荒野の丘で、幽霊たちが好き勝手に騒いでいる。
そんな印象を受けた物語。
恋愛物語かと思って読み始めると、「?」となる。

じっさい、物語の中にも幽霊は出てくるが、登場人物がことごとく幽霊くさい。
みな何かに取りついたような極端な性格と、ふたつの丘だけという行動範囲の狭さ、荒地という舞台、よく死んで入れ替わる登場人物たちが、こんな印象を与えている。
ネリーによる虚実まじえた語りもまた、想像と現実の境界をゆるめている。

リアリティがないと言ってしまえばそれまでだが(そういう批判もある)、そうとは言い切れないおもしろさがある。
みんな、それぞれに性格が悪くて、人間的。
悪、愛、どちらにせよそれは執着で、全員がそれぞれに命がけなのは、見ていてすごいと素直に思う。

人間のある一部分を特化して描いた、荒々しい野生的な魅力のある物語だと思う。
それにしても、恋愛ものという看板を背負っているとは思えないほど、登場人物みんな、口が悪い。(訳の問題だろうか・・・)



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