名作、ということになっていますが、わたくしにはどうもピンと来ませんでした。わが愛読する伊藤整も、この作からの影響で「若い詩人の肖像」をものしているというのに・・・(ただし、この作も同様にあまり感心しない)
いわゆるビルドゥングス・ロマンに分類される、半自伝小説ということになっています。ピンとこないひとつの理由は、宗教との関わりということもあるかもしれません。また当時のアイルランドの、イギリスとの複雑な関係もひとつの理由になっているのかもしれません。
こう書くのは矛盾しているかもしれませんが、わたくしの評価にはこだわらずに本作を読んでいただければ、と思います。訳については原文と対照もしていないので評価不能ですが、日本語としては決してわるくないように思いました。
ジョイスの半自伝的小説とか、神話的手法とかいうことで語られる作品だけど、そんなこと文学者に任せておけばいい。肝心なのは、青春小説として面白い、ということ。今世紀はじめのダブリンに生まれたインテリのカトリック教徒の気持ちなんか、ぼくには想像できないところも多かったし、長々と繰り広げられる神学論とか、美学論とかはっきり言って退屈だけど、淡い恋心とか、性の悩みとか、友情とか、夢とか、青春時代に誰もが悩んだ普遍的な問題に主人公が格闘しているとき、ぼくたちも主人公と一緒に悩み、語り、泣き、そして笑うことが出来る。それはすばらしい小説である証拠なのだ。
ジョイスのユリシーズを二十世紀文学の最高峰とする人は少なからずいますが、それはインテリ階級に属する人だけです。ジョイスの本は、多くの人にとって面白くないと思います。
特につまらない点は、ダイナミズムがないことだと思います。
日本でも映画公開されて各方面で話題を呼んだ「アンジェラの灰」をはじめ、いまでも出版されているアイルランド作家の小説はこのジョイスによる「若き芸術家の肖像」を下敷きにしたものが多いと思う。酒浸りの陽気な父親像、宗教の矛盾、経済の没落、イングランドに対するコンプレックスなどなど。言い換えれば、アイルランド文化の根底にあってかわらず受け継がれている伝統なのかもしれない。ジョイスの少年、青年時代のアイルランドはカソリックの教義で厳然とした道徳律が支配的な社会で、宗教的な信仰を捨てて芸術に献身するのは受け入れがたい行為だったようだ。自分の出生の土地と文化から遠ざかりたいという欲求と、それを引き止めようとする力の葛藤はこのジョイスの書くダブリンの風景にも見出せ!る。現代の作家にまで多大な影響力を持つ名作だと思う。