20代の農村復興・農民啓蒙の実践とその失敗、貧しい人々を意識して日常の
平易な言葉で書いた壮年期の民話、このことからトルストイは農村農民の安定こそが
全てといってもよい程の農村復興論者であり、その思想背景には農奴解放という時代、
戦争経験、キリスト・ショーペンハウアー・孔子・老子にいたる思想書の耽読が骨子となっている。
トルストイの思想の論理からすれば、明らかにリョーヴィンとキチイをあるべき
よき関係としており、リョーヴィンにトルストイの思想の多くを喋らせている。
一方愛情の源泉をカレーニンからウロンスキーに変更したアンナは、あっさりいえば
愛情への過剰な渇望が祟った内実をもたない日常生活とその悲劇的結末といった
トルストイの説く生き方に相容れないところがある。
この二つの関係のコントラストと小説全体から分かったことは、トルストイ主義(ある種の
自然主義)の炙りだしと、そして何よりも重要なことは「男からみた女性一般に根ざす異常な
愛の渇望」や「男女心理のスリリングな描写」、そして「伏線をはった轢死体と悲劇的結末の関連」などで、
これは今では目新しい構成ではないが、当時としては先駆的だっただろう、つまり
近代(modern)小説の教科書・モデル(model)といわれるゆえんがこの辺にあるのでしょう。
しかし同時に民話を書く頃になるとこの小説史上の大著も「伝えたい思想」のシンプルさと
比べると飾り立てすぎていると、トルストイ本人が高い評価をしなくなったことも
確認しておきたい。しかしながらドストエフスキーの心理描写の異常さとは違った
オーソドクスな流れの大著として、一度は読んでおきたい小説です。長くてしんどいなら、
縮約された金の星社のジュニア版でも十分おすすめできます。
アンナ・カレーニナ (上巻) (新潮文庫)
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謹厳で理想主義者だったトルストイがなぜかくも鮮烈に女性心理を描けたのか、本当に驚かされます。
まずは最初の1ページを読んでみてください。「幸せな家庭はにたようなものだ、しかし不幸な家庭の不幸は様々である」から始まり、アンナの兄の目覚めの滑稽なこと!健康で元気一杯で目が覚めたものの、自分は若い召使に手を出し、家庭崩壊に直面しているのです。それをハッと思い出す。その解決のためにアンナはわざわざ出向いてくるのでした。
アンナの登場から一気にラストまで読んでしまいました。女性の魅力とはかさなさ、一途な情熱ともたらされる悲劇、理性と知性、エゴと愛情、憐憫、悲哀、そのひとつひとつがアンナの髪の小さなカール、黒いドレス、瞳や手の動きを通して表現されます。(もちろんそれだけではありませんが)
文学が持つ魅力の全てが表現されています。お勧めの一冊です。
まずは最初の1ページを読んでみてください。「幸せな家庭はにたようなものだ、しかし不幸な家庭の不幸は様々である」から始まり、アンナの兄の目覚めの滑稽なこと!健康で元気一杯で目が覚めたものの、自分は若い召使に手を出し、家庭崩壊に直面しているのです。それをハッと思い出す。その解決のためにアンナはわざわざ出向いてくるのでした。
アンナの登場から一気にラストまで読んでしまいました。女性の魅力とはかさなさ、一途な情熱ともたらされる悲劇、理性と知性、エゴと愛情、憐憫、悲哀、そのひとつひとつがアンナの髪の小さなカール、黒いドレス、瞳や手の動きを通して表現されます。(もちろんそれだけではありませんが)
文学が持つ魅力の全てが表現されています。お勧めの一冊です。
「19世紀ロシア。田舎で暮らす誠実な金持ちの32才リョービンは、とあるこれまた金持ちの心の美しい女性キチイにプロポーズするため都会に出てきた。しかしこれが断られ、彼は失意のなか去る。ところが、キチイの愛していた男性はアンナへと走る。アンナはそれに応え、退屈な夫とその生活から逃亡する・・。破滅するアンナ、そして傷つき、癒しを求め、自分を取り戻したキチイはリョービンとの幸福な生活を得る」
主人公アンナ・カレーニナよりも、キチイという最良の妻を得たリョービンの幸福な生活が際だった作品のような気がした。
でもトルストイの文章・描写が細かすぎるのが、やはりトルストイ流。
「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」
主人公アンナ・カレーニナよりも、キチイという最良の妻を得たリョービンの幸福な生活が際だった作品のような気がした。
でもトルストイの文章・描写が細かすぎるのが、やはりトルストイ流。
「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」
もうこの本に言葉は無用でしょう。何も言いません。
しかしあえて一言だけ言わせてもらうなら、ロシア文学に詳しくない人は最低限ロシア人名について知ってから読み始めてください。とにかく人が多く出てきて、そして素人にはとっつきにくいロシアの愛称などが乱れます。
しかしあえて一言だけ言わせてもらうなら、ロシア文学に詳しくない人は最低限ロシア人名について知ってから読み始めてください。とにかく人が多く出てきて、そして素人にはとっつきにくいロシアの愛称などが乱れます。
最も印象に残るのは、やはりヴロンスキーがアンナに告白するシーンだろう。
「あなたが乗ってらっしゃることは、少しも、存じませんでしたわ。どうしてお帰りになりますの?」
「どうして帰るかですって? ご承知じゃありませんか、ぼくはあなたのいらっしゃるところにいたいから、こうしてやって来たんです。そうするよりほか仕方なかったのです。」
しかしアンナの駆け落ちで成就したかのように見えたふたりの恋は、実はそれよりも前からすでに終わっていた。アンナはヴロンスキーにとって重荷でしかなく、名声と息子、地位、財産のすべてを捨てて男のもとに走ったアンナも愛を失っては死ぬより他に道はなかった。
トルストイが描いたのは、真実の愛を得ようとして苦しむ女性の姿だった。愛を自由といってもいいかもしれない。愛のない結婚、決まりきった儀礼、女性はこうでなければならないという掟、そういったものに囲まれているという状況に、アンナはヴロンスキーへの恋を通して気がついたのである。それに反抗してアンナはカレーニンの元から去り、社交界にも背を向けた。しかし自由を求めたアンナは社会の力とでもいったものに押しつぶされ、アンナは自殺という形でその戦いに幕を下ろしたのだ。
貴族の社会とそれへの反発を、アンナとリョーヴィンというふたりの人物で書き表しているのがこの小説である。それでもアンナはロシアで最も美しい貴婦人であろう。
「あなたが乗ってらっしゃることは、少しも、存じませんでしたわ。どうしてお帰りになりますの?」
「どうして帰るかですって? ご承知じゃありませんか、ぼくはあなたのいらっしゃるところにいたいから、こうしてやって来たんです。そうするよりほか仕方なかったのです。」
しかしアンナの駆け落ちで成就したかのように見えたふたりの恋は、実はそれよりも前からすでに終わっていた。アンナはヴロンスキーにとって重荷でしかなく、名声と息子、地位、財産のすべてを捨てて男のもとに走ったアンナも愛を失っては死ぬより他に道はなかった。
トルストイが描いたのは、真実の愛を得ようとして苦しむ女性の姿だった。愛を自由といってもいいかもしれない。愛のない結婚、決まりきった儀礼、女性はこうでなければならないという掟、そういったものに囲まれているという状況に、アンナはヴロンスキーへの恋を通して気がついたのである。それに反抗してアンナはカレーニンの元から去り、社交界にも背を向けた。しかし自由を求めたアンナは社会の力とでもいったものに押しつぶされ、アンナは自殺という形でその戦いに幕を下ろしたのだ。
貴族の社会とそれへの反発を、アンナとリョーヴィンというふたりの人物で書き表しているのがこの小説である。それでもアンナはロシアで最も美しい貴婦人であろう。





