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デイジー・ミラー (新潮文庫)
ヘンリー・ジェイムズ西川 正身
価格: ¥340 (税込)

文庫
出版社: 新潮社
発売日: 1957/11
ASIN: 410204101X
おすすめ度:3.5
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5完璧な小説
非の打ちどころのない最高の小説です。あらすじを述べればありきたりだし、ヨーロッパとアメリカの対立といった文脈もとりたてて面白いわけではありません。しかし、「謎の女」をめぐる物語を、俗悪に陥る寸前で洒脱に流していく手つきは、これぞ小説としかいいようのない快楽を与えてくれます。それに比べると、のちのジェイムズの幽霊小説の類は、「謎」に深入りしすぎているような気がして、作者にとってもまれな均衡なのかもしれません。心静かに一文一文、味読したい作品です。訳文も優れています。小説を、特にその形式の美を愛する方は、ぜひ。
4ヨーロッパとアメリカの対比と混合
スイスの小さな町ヴェヴェーにて、アメリカ人ウィンターボーンと、裕福なアメリカ一家であるミラー一家は出会った。ウィンターボーンは、開放的で御転婆といった典型的なアメリカ娘であるデイジーに魅力を感じる。二人は、スイスのシヨンの城に出掛けることになる。だが、上手く行きそうな手合い、ウィンターボーンは明日ジュネーヴに帰らなければならないと告げ、それに対しデイジーは酷いと罵る。ローマでデイジーは社交界に耽り、多くの男性と知り合うようになる。やがてイタリーのジョヴァネリという紳士と関係を深め、頻繁に二人きりで散歩に出るのを、噂されるようになる。コロシューム内部の演技場にて、ウィンターボーンは夜中に二人きりでいるジョヴァネリとデイジーを発見する。ウィンターボーンはデイジーが熱病にかかることを心配し、平気だというデイジーをよそに、出来るだけ早く帰る方がいいと促し、三人は馬車で帰る。しかしデイジーはマラリヤに罹り、「わたしは美男子のイタリー人と決して婚約などしなかった」「あのスイスの城にお出でになった時のことを覚えておいでだか」といった遺言を残し、亡くなった。葬式の際、ジョヴァネリは、「あの方は私と結婚して下さるようなことは、決してなかった」とウィンターボーンに打ち明ける。永くデイジーを観察してきたウィンターボーンだが、ようやく自分が彼女を誤解していたということを最後に悟る……。

この作品は、「心理主義小説」の元祖と言われているそうですが、確かにウィンターボーンの視点から見たデイジーの心理的観察眼が中心的に描かれ、揺れ動いていくのが新しかったです。背景にはかくも清楚で美しく伝統的なヨーロッパの風景や風物が描かれ、しかしそこに居座り行動するのは、若干場違いとも言える御転婆なアメリカ娘である、というデタッチメントは、筆者の生涯が、ニューヨークとヨーロッパ各地の行ったり来たりであったということからこそ為されたものでしょう。読んでいて、非常に新鮮な感覚で、文章の行間から風と光が感ぜられました。個人的には、結局デイジーはウィンターボーンのことを愛していて、スイスの城で直ぐに帰られたことへの、「他に女がいるんでしょ?」という或る種の恨みというか、ちょっとした復讐心のようなものが、敢えてローマにて必要以上に社交界を嗜み、ジョヴァネリと交際をしていたのではないかと思います。一見すると楽天的な御転婆、しかしその内には外貌とは別の闇があったのではないかと思うのです。これはその後の二十世紀におけるアメリカ文学にも通ずる視点であるように思えます。ヨーロッパに対するアメリカ文化、そしてアメリカ人への、皮肉と肯定の両方を込めた、自分で書こうとすると非常に難しい作品だと思います。
2微妙
旧大陸と新大陸の対立を軸とした恋愛物語「新心理小説」だと言うが、よくわからない。可もなく、不可もなく。 しかし、ヨーロッパとアメリカは、なぜこうも対立するのかね。アメリカはイギリスから逃げたわけで、憎むでしょ。フランスはなぜかアメリカを憎む。戦争のために、ドイツはアメリカに怨念。この本にもあるように、これは歴史の問題なのか。つまり、背負っている歴史の大きさの違い。だとすれば、確かに日本は尊敬されてしかるべきだ。少なくとも、日本人がバーバリアンだといわれることがないことを考えると、アメリカの若さが、年寄りはにくいのかね。もひとつぱっとしない本でした。

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