カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9
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読み終わる頃になって、ようやく気がついた。この作品も、あるいは「罪と罰」も、文学における「ニーベルングの指環」のような存在なのだ。あるテーマ(ひとつとは限らないが)を極限まで引き伸ばす。結果恐ろしい長さで人を圧倒する。ところどころにハッとするようなことも書かれてはあるものの、それが全体の中に埋没していきやがて忘れられていく。作者は、現代人のような忙しい日々を送っている人に読んでもらうために本書を著したのではあるまい。このような長編が書かれ、また読まれる時代は疾うに過ぎた、と私は思う。
とにかく長い話だが、読み終えるのが惜しい。この小説の中には生や運命、神といったものへのたくさんの疑問が詰め込まれている。もちろんさまざまなキャラの濃い人々が織りなす愛憎の物語としても楽しめる。現代(それでもロシア革命前に書かれた作品だが)の聖書といっても過言ではないと思う。
この上巻には「大審問官」というエピソードが出てくる。イワンがアリョーシャに語る自身の創作だが、興味深い。かいつまんでいえば、「物質主義からの神への告発」
この上巻には「大審問官」というエピソードが出てくる。イワンがアリョーシャに語る自身の創作だが、興味深い。かいつまんでいえば、「物質主義からの神への告発」
本書から感じさせられること。
1.どのような人にも誠実な心根がある。
2.どのような人にもプライドがあり、それが大切なものである。
3.どのような人にも神聖なるものへの憧れ、畏れ、すがる気持ちがある。
1.どのような人にも誠実な心根がある。
2.どのような人にもプライドがあり、それが大切なものである。
3.どのような人にも神聖なるものへの憧れ、畏れ、すがる気持ちがある。
今、この小説の5度目の再読中。世界の文学作品中、真に読み継がれていくべき名作の1つであり、途中で止めるにしても、まずは読み始めてみることをお勧めします。読み進める中で、魅力的な登場人物達の各シーンでのセリフ、行動から、人間というものの多彩さについて読者は考えさせられます。
私にとって、上巻で(又は全巻を通じても)最も感動的なシーンはイリューシャ少年のエピソードです。主人公アリョーシャの長兄ドミートリイから、大好きな父親が受けた侮辱を少年はどうしても忘れることができない。最後には「パパ、ねえ、パパ、大好きなパパ、あいつはパパにひどい恥をかかせたんだね!」と父親と抱き合って泣いてしまう。2人の娘の父親として、自分の子供のこうした感情はなんともかわいそうで、何度読んでも、やり切れない気持ちになってしまいます。とても優しい少年の心に感動します。
これに対して、アリョーシャは、今になればドミートリイが自身の行為を悔やんで許しを求めるはず、とその父親に誓うのですが、高潔な精神を持つドミートリイは確かにそうするかもしれないと思います。しかし、そうしたシーンは結局出てこない。そこがまた、なんとも悲しい感じがしてしまいます。そうしたシーンがあれば、少年と父親も少し救われるように思うのですが。
上巻では「大審問官」のエピソードが素晴らしい、すごい、という話はよく聞きますが、私には、このエピソードの良さはよく分かりません。3人兄弟のイワンは単なる頭でっかちな男のように思えます。最初は、色々と深そうな難しいことを言うので、イワンに魅かれるのですが、結局、何がしたいのか、よく理解できません。大審問官のエピソードも同じ感じで、確かに深そうですが、何が素晴らしいのか、すごいのか、よく分からない。今後、もっとこの作品を読む中で、イワンについて違った理解ができるのかもしれないですが。イワンに関するエピソードであれば、私には、アリョーシャの前で、カテリーナに自分の思いを告げるシーンのイワンの方がいいように思います。
とにかく色々と感動できると思いますので、まだ読んでいない方は、是非、読み始めてみて下さい!
私にとって、上巻で(又は全巻を通じても)最も感動的なシーンはイリューシャ少年のエピソードです。主人公アリョーシャの長兄ドミートリイから、大好きな父親が受けた侮辱を少年はどうしても忘れることができない。最後には「パパ、ねえ、パパ、大好きなパパ、あいつはパパにひどい恥をかかせたんだね!」と父親と抱き合って泣いてしまう。2人の娘の父親として、自分の子供のこうした感情はなんともかわいそうで、何度読んでも、やり切れない気持ちになってしまいます。とても優しい少年の心に感動します。
これに対して、アリョーシャは、今になればドミートリイが自身の行為を悔やんで許しを求めるはず、とその父親に誓うのですが、高潔な精神を持つドミートリイは確かにそうするかもしれないと思います。しかし、そうしたシーンは結局出てこない。そこがまた、なんとも悲しい感じがしてしまいます。そうしたシーンがあれば、少年と父親も少し救われるように思うのですが。
上巻では「大審問官」のエピソードが素晴らしい、すごい、という話はよく聞きますが、私には、このエピソードの良さはよく分かりません。3人兄弟のイワンは単なる頭でっかちな男のように思えます。最初は、色々と深そうな難しいことを言うので、イワンに魅かれるのですが、結局、何がしたいのか、よく理解できません。大審問官のエピソードも同じ感じで、確かに深そうですが、何が素晴らしいのか、すごいのか、よく分からない。今後、もっとこの作品を読む中で、イワンについて違った理解ができるのかもしれないですが。イワンに関するエピソードであれば、私には、アリョーシャの前で、カテリーナに自分の思いを告げるシーンのイワンの方がいいように思います。
とにかく色々と感動できると思いますので、まだ読んでいない方は、是非、読み始めてみて下さい!
「神の創ったこの世界がなぜ崩壊するのか?」
本の帯に書かれたメッセージですが、端的に この本の要点を言い表していると思います。
男女間の愛憎、親子、家庭の問題、信仰の問題、法廷劇、無神論、現世に対する失望、次世代に対する期待・・・様々な観点が書かれているこの小説は 読了後に 感動を与えてくれます。
その中でも、この巻に入っている「大審問官」が素晴らしい。世界、自由、生きる価値 についてを考えずにはいられません。
本の帯に書かれたメッセージですが、端的に この本の要点を言い表していると思います。
男女間の愛憎、親子、家庭の問題、信仰の問題、法廷劇、無神論、現世に対する失望、次世代に対する期待・・・様々な観点が書かれているこの小説は 読了後に 感動を与えてくれます。
その中でも、この巻に入っている「大審問官」が素晴らしい。世界、自由、生きる価値 についてを考えずにはいられません。



