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白痴 (上巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー木村 浩
価格: ¥900 (税込)

文庫
出版社: 新潮社
発売日: 1970/12
ISBN: 4102010033
おすすめ度:5.0
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これぞ小説!
「無条件に美しい人を描こうとした大作」だとか「ムイシュキン公爵、ロゴージン、ナスターシャ・フィリポヴナ、アグラーヤの悲恋の物語」だとか。もっともらしい「テーマ」や「あらすじ」といわれる安直な矮小化を笑い飛ばす傑作です。
ムイシュキン公爵とロゴージンが汽車で乗り合わせたところから始まる物語は、そのひとつひとつが独立した短編小説にもなりえるような印象的な場面と、濃厚な登場人物たちによる、聞き手のことなどお構いなしの長広舌の連続で織り成されていきます。
その壮大な世界に身を任せた読者は痛感することでしょう。小説にとって「テーマ」や「あらすじ」など二の次に過ぎないのだと。上下で1400ページもある大作が世界で読まれ続けているのには、ちゃんと理由がありました。
ロシアと言ふ風車−−ムイシュキンにとってロシアとは何であったのか?
 この小説は、ぺテルブルグに向かふ鉄道の場面から始まる。トルストイの『アンナ・カレーニナ』においても、アンナとヴロンスキーが出会ったのは駅であったが、この小説も、登場人物たちは、鉄道を介して出会ふ。これは、当時のロシアとヨーロッパにおいて、鉄道が社会を大きく変えて居た事を映して居る。現代の社会で、携帯電話が人間関係を大きく変えた様に、この時代には、鉄道が、男女の関係を含めた人間関係を大きく変えつつあったのである。その鉄道によって、西欧が、ロシア人にとって、近い物に成った事が、この小説の背景として、決定的に重要な事だと、私は思ふ。ムイシュキンは、ロシア人でありながら、スイスで成長した。彼は、ロシアに夢を抱いて帰国するが、それは、頂度、ドン・キホーテが騎士道に夢想を抱いて旅に出たのに似て居て、ロシアは、ムイシュキンにとっての風車であったと言ふ事も出来る。そのロシアに夢を抱いて帰国したムイシュキンが、ロシアで、その夢を裏切られると言ふのが、この物語の核心である事にもっと注目する必要が有ると、私は思ふ。
 この小説を読んだ人は、黒澤明の映画『白痴』を見るべきである。『罪と罰』を映画化したロシアの映画監督クリジャーエフは、黒澤明の『白痴』を世界で作られた全てのドストエフスキー作品の映画の中で最良の映画と絶賛して居る。又、同じくロシアの映画監督コージンツェフは、この映画を観た時、「日本にこんなにドストエフスキーが分かる人が居るのか!」と言って感嘆したと言ふ。黒澤明の『白痴』が、原作について教えてくれる事は驚くほど多い。

(西岡昌紀・神経内科医)
難しく読む必要はない
ほとんどの評論家はドストエフスキーを難解な教養主義的な作家であると言うが、私はそうは思わない。ドストエフスキー作品の面白さは登場人物のもの凄さなのである。この作品も、ムィシキン、ナスターシヤ、ロゴージンという3人の魅力的な人間が登場する。「同情する人」ムィシキン、「けがれた女と自分を呪う」ナスターシヤ、「暗い激しい執念をもった」ロゴージン、この人物達の存在感の大きさはすごい。小説の主題ばかりを考えても本当のおもしろさは解らない。人間の不可解さ、存在の不条理を登場人物を通していかにして描くかであると思う。「白痴」を宗教的に読む必要は全くない。他の作品同様、たっぷりとドストエフスキー的人間たちに会えるだけで十分である。
魂の純粋さへの追求
ドストエフスキーの代表作の一つ。主人公ムイシュキン公爵は全くの無垢な人物。彼が周囲の人間の思惑によって精神的に冒され、一度は復活するが、最後には結局この世から逃避せざるを得ない姿を通じて、人間世界の様々な醜さ、欲望、自己保身などを描いたもの。ムイシュキン公爵はそれらを映し出す鏡なのである。

このムイシュキン公爵の人物造型をより積極的にしたものが、「カラーマーゾフの兄弟」のアリョーシャである。無垢なだけの性格から、無垢ではあるがその純真さで周囲を包み込む優しさを兼ね備えた者への成長。そして、ドストエフスキーがもっと長生きをしていれば、「カラマーゾフの兄弟」を第1部とする超大河小説の中で、アリョーシャは"神"になるという構想だったのである。ドストエフスキーが"神"の創造の第一歩として、「白痴」のように見える純粋無垢な青年を創造したという事は、彼の思想を知る上で大変興味深い。

人々の心を映し出す鏡のような無垢な青年を創造し、それを通じて人間の欲望、醜さ、身勝手さを映し出し、"神"の創造への第一歩とした記念碑的名作。


ドラマティックな内的悲劇
肉欲の嵐を描きながら、読後、言い知れぬ気品に心うたれるというようなことを、訳者が後書きに書いていた。そのとおりだと思う。かの埴谷雄高がドストエフスキーのなかで、一番好きな作品に挙げていた。
周囲の人々の心を映し出す鏡であるかのようなムイシュキン公爵、壮絶なまでな美しさを持つ運命の女ナスターシャ、彼女に恋い焦がれる粗暴なロゴージンなど、個性的な登場人物がこれでもかこれでもかとドラマティックに繰り広げる内的悲劇。
『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』に匹敵する、ドストエフスキーの不朽の名作である。



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