マノン・レスコー (新潮文庫)
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小さな幸せに満足している人が読むにはちょうど良い本です。自分の知らない世界、愛と憎しみと情欲が形となって現れ出ます。どうしてそんな馬鹿で薄情な女にうつつを抜かすのか分からないときちょうど良い導きの書となるでしょう。そして、尽くし抜いて自分が無になっていくときの感覚にいつの間にか共感していきます。
贅沢な生活ができるなら、恋人を裏切ることも罪悪とは思わない娼婦マノン。
そんな彼女の性癖を理解していながら、盲目に恋に溺れたグリュウ。
ふたりの関係の始まりから終わりをグリュウの回想の形にした小説です。
行動だけを考えれば無思慮で強欲な娼婦ではあるけれど、その姿は無邪気で可憐に描かれている。
そんな彼女に出会ったグリュウの不幸は、マノンに恋をしたからというよりは恋のために知を捨てたからだろう。
若さからくる熱情と困窮から罪を重ねて破滅していくグリュウの姿は、見ていて愚かにさえ思える。
だがすべてを捨てて破滅するほどの恋をしたことがない者に何が言えるだろう。
そんな恋は望むべくもないけれど、彼を支え続けたチベルジュのような友人がいればと思う。
そんな彼女の性癖を理解していながら、盲目に恋に溺れたグリュウ。
ふたりの関係の始まりから終わりをグリュウの回想の形にした小説です。
行動だけを考えれば無思慮で強欲な娼婦ではあるけれど、その姿は無邪気で可憐に描かれている。
そんな彼女に出会ったグリュウの不幸は、マノンに恋をしたからというよりは恋のために知を捨てたからだろう。
若さからくる熱情と困窮から罪を重ねて破滅していくグリュウの姿は、見ていて愚かにさえ思える。
だがすべてを捨てて破滅するほどの恋をしたことがない者に何が言えるだろう。
そんな恋は望むべくもないけれど、彼を支え続けたチベルジュのような友人がいればと思う。
むちゃくちゃではあるが、名作・・・いや、迷作。
今までに読んだことがないくらい、マノンとグリューのイタチゴッコがめまぐるしく展開され、追いつけ追い越せ。
グリューがマノンに追いついたと想えば、するりと逃げてしまう。
どうして金なのか、どうして愛情なのか・・・これを読むと、こいつらが何をしたいのか、まったくわからなくなる。
最後にグリューの悲しみに暮れる姿が、とても印象的だった。
・・・でもやっぱり、変態愛(笑)
今までに読んだことがないくらい、マノンとグリューのイタチゴッコがめまぐるしく展開され、追いつけ追い越せ。
グリューがマノンに追いついたと想えば、するりと逃げてしまう。
どうして金なのか、どうして愛情なのか・・・これを読むと、こいつらが何をしたいのか、まったくわからなくなる。
最後にグリューの悲しみに暮れる姿が、とても印象的だった。
・・・でもやっぱり、変態愛(笑)
姿はこの世のものとは思えないほど美しく可憐ながらも、ぜいたくでふしだらで、金のためなら平気で
男を裏切る娼婦マノン。下層階級の出で、その言動も上品とはとてもいえない。今でこそこういうヒロイン像は
ありふれているが、このプレヴォーのマノン・レスコーこそ、こういった悪女?ヒロイン第一号だったらしい。
男を裏切る娼婦マノン。下層階級の出で、その言動も上品とはとてもいえない。今でこそこういうヒロイン像は
ありふれているが、このプレヴォーのマノン・レスコーこそ、こういった悪女?ヒロイン第一号だったらしい。
だが、この作品のすごいところは、そこまで汚れた女を描きながらも、その女、つまりマノンが卑しく下劣な
最低女に見えないところ。
それどころか、彼女は彼女なりに貴公子グリューを愛しており、その裏切りや分別のない行動の中には
悪意がなく、無邪気な可愛らしさ、いやほとんど純粋ささえ感じる。
グリューは財産や地位や名誉全てをマノンのために投げ出す。馬鹿です。…だけど、これが恋なんですね。
そういう恋をしたことのある幸運な人は、最後の結末に涙すること間違いなし。
娼婦を愛した青年の物語。同じような設定の「椿姫」の方が有名ですが、この作品の方が先に書かれていて、「椿姫」の中でも引用されていたりします。恐らくデュマさんは、この作品のオマージュものとして「椿姫」を書かれたのではないでしょうか? ただし、ストーリーや登場人物の設定は、かなり異なり。。。というか、まったく逆のお話になっています。
ヒロインが個性的で、ストーリー(泣かせどころ?)も「椿姫」ほど分かり易くありませんが、主人公の想いは読んでいて息苦しくなってくる程で、恋愛小説として古典的名作と言われるだけのものは持っていると思います。
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