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クヌルプ (新潮文庫)
ヘッセ高橋 健二
価格: ¥340 (税込)

文庫
出版社: 新潮社
発売日: 1970/11
ISBN: 4102001050
おすすめ度:4.5
Amazon ランキング: 195806位
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己自身のあるがところのものとなれ
確か18歳くらいの時一度読んでから忘れられない作品となりました。 ヘッセの小説の中ではマイナーなのかも知れませんが、珠玉の名品とはこういうのをいうのではないでしょうか。 この物語についてだけは理屈であそこがいいだのどこが優れているだの分析するのは無用の長物で、読んでただひたすらヘッセの想いを感じとって欲しいーとしか言いようがありません。 

センチメンタリズムと言えばそうなのかもしれませんが、あのラストのクヌルプと神(ヘッセは東洋思想にかなり傾倒していたようですが、なるほどこの作品における神の描写は、東洋人にとって親しみやすい慈愛に満ちた人格神として描かれているのが異色です)の対話の美しさはどうでしょう。 変なたとえなのかも知れませんが、立派な人間になりなさいだとか、人生の成功者にならなければならないーという肩肘張った人生訓の対極にある思想がこの作品のクライマックスには描かれていると思います。 自分自身を静かに見つめ直してみたい人、あるいは単にせち辛いこの世の中からほんの一瞬でも息抜きできればーと思っている方には断然お薦めです。
いつかまた旅先で読みたい本
中学生時分にはじめて読み、以後幾度となく読み返しているが、恋愛や生活や、あらゆる平凡にして日常的な時間に「意味」を見出せたのはこの本のおかげだった。これほどの力をもった短編は、これきりお目にかかったことがない。すべての人生には意味や目的があり、またそれを支え紡ぎ合う他の人生があることを教わった。正確には“そう考え、感じる”ことを教わった。すべての家々の灯りに人生があり、すべての人が主人公として心に宇宙を持ち、事実は1つでも、心にある真実は人の数だけ存在することを教わった。誰かと関わり、誰かを愛し、独りで死んでいく人間の「生」の意味を考えたい人にお薦めします。大切な人生を送り終えたような読後感から現実に引き戻されたとき、きっと全てを大切に敬い、誰かを愛したくなると思います。
さすらい人
ヘッセの描く男性はいつもわたしを魅了するのだが、このクヌルプもまた相当に魅力的な男なのであった。
後に著された『シッダールタ』同様、旅のうちに一生を終えようとするクヌルプ。家庭を持たず、定職を持たず、気儘な漂白の中に暮らす彼を知人たちは呆れつつ、しかし彼の抗いがたい魅力の前では彼を愛さずにはいられないのだった。
果たしてクヌルプは本当に気のおもむくままの身軽な心持ちであったのだろうか?
 ラテン語学校を退学し、漂白の旅に出るきっかけとなった初恋への失望-もしかしたら、その初恋の女性の裏切りにより、彼は他人に失望することを恐れ、深い人間関係を避け、冗談と陽気な戯れにしか人と関わろうとしなかったのではないか。そして、自分の心のみを深く掘り下げ考えていたのではないか。自然の風景、汚れなき子どもに美徳を感じるクヌルプ。彼の透明な純粋さはそんな彼の心持ちから現れ出ているもののように感じられる。
最後までひとりの孤独な旅人として人生を終えようとするクヌルプ、それは自分自身への罰のようにも見えるし、また、何かの答えを求めている修行僧のようにも思える。。シッダールタの最後のシーンのように求め彷徨った魂に「存在する意味と許し」がもたらされるまで、ドイツの美しい田園の四季をわたしの心も彼と旅をしたのであった。
個々の人生はそれ自体で完結しているのである
ヘッセの信念を見事に描き出した秀作。まさに魂の作家ヘッセである。主人公のクヌルプは、私からすると、優柔不断な、意思を貫徹できない性格を有している。自分自身がある意味ないという特徴で描かれている。もちろん、いったんは没入するかのようであるが、最後には”引く”。このような人々は決して現世でもまれではない。しかしながら、このような人格をともなった人々は、またある意味で”愛するべき“人たちである。なぜなら、自身よりも他者を思いやることが多いためであろう。この主人公は、その優柔不断さのため、現代の価値観でいうに、いわゆる平常でない死(当時の方々には決してめずらしくもないかもしれないが)を最終章でむかえる。しかし、神はこのような、一見なんのとりえもないかにみえる人間=クヌルプを、祝福ののち天に迎え入れるのである。これは日本人の阿弥陀思想にも大いに共通する。これはまた、吉田松陰の『留魂録』、モームの『人間の絆』同様、”人生には意味はない。それぞれの人生はそれぞれが紡ぎだした絵柄のようなものである。また、いつ何時死をむかえても、それがその人の完結するべき時期なのである”とした思念にも通ずる。その諦観には私は大いに共感する。ただ、私ならば、その諦観の上に、トルストイの『光あるうち光の中を歩め』にあるように、自分で自分の人生をつかみとることを付け加えるにちがいない。“生きるとは、また死とは?”を思念する私にとって、本書もまた魂の書の一つとなった。
どんな人生もかけがいのないもの
 主人公、クヌルプは、誰からも愛され、どんな人にも好印象を与えることのできる、とても恵まれた性格と才能の持ち主ですが、自分の孤独を愛する性質に従って、旅を続けます。
  彼は、若き頃の失恋経験から、人間同士のあいだに横たわる深淵に気づき、他者と深い交わりを持たぬまま、漂泊の生活を続けます。
 しかし、肺を病み、人生の最後になって、自分の無為の人生に価値はあったのか?と疑問を持ちます。
 それに対して、彼の眼前に現れた神は、彼の人生を全肯定し、彼の死を受け入れます。

 人は、どんな人生を送っても、これでよかったのかという疑問がよぎります。
 しかし、この小説を読むと、「どんな人生も、独自性を持ち、取替えのきかない、素晴らしいかけがえのないものだ」と思わされます。
 とても感動しました。
 



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