個人的には、絲山秋子の最高傑作だと思う。
他者との過剰な交わりを避けながら、誇り高く生きるもののところに現れる「ファンタジー」。
「他者に甘えない、もたれかかることのない個人は、いかにして祝福されるのか」という福田和也氏の解説に、この作品の主題と魅力がすべて言い尽くされていると感じるので、個人的にこれ以上うまく語れるようなことはない。
ただ、作中の人物の病気について、ひとこと。
私は、消化器癌、乳癌の専門医(外科)なのだが、「小さな乳がんが見つかって、まずは抗がん剤だけで治療を始めた」という経過は、あまりに典型的でなさすぎると思う。
一般に、小さな乳がんが見つかったら、まずは乳房温存手術(乳房を全部切り取るのではなく、部分的に切除し、乳房の形もあまり変わらないように形成する)を行い、その後に放射線なり抗がん剤治療を追加で行う、というのが常識的治療だろう。
最初に見つかった時点では、手遅れのがんではない(ですよね?)のであるなら、最初から抗がん剤を選択する必要はないし、仕事が忙しくて治療が滞った、というのも、ちょっとなあ、という感じ。
まあ、だからといって、この作品の魅力が半減するわけではないが。
海の仙人 (新潮文庫)
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冒頭からイメージしたものとはまったく違った展開に、短い話ながらもひきこまれた。
ファンタジーは孤独に寄り添う。ファンタジーの姿を見、声を聞くのは、孤独なときだけである。
だから、孤独を感じている人は、ファンタジーに気づくことができる。
孤独な男女である、河野や片桐、中村、澤田らは出会い、出会ってからはファンタジーは舞台を去る。
そして、それぞれが再びファンタジーと出会うのは、それぞれが実は孤独に向き合っているときである。
それならば、ファンタジーが立ち去るこのラストは。
異性を恋愛という文法で処理しまうと、友人を失う。他方で、無駄だとわかっていても主人公を待ち続けてしまう、けなげな片桐のために、偽善的なハッピーエンドを願いたい。
白い貝のように余計なものを削り落としてなお、海のような深みを持つ小説だと思う。
ファンタジーは孤独に寄り添う。ファンタジーの姿を見、声を聞くのは、孤独なときだけである。
だから、孤独を感じている人は、ファンタジーに気づくことができる。
孤独な男女である、河野や片桐、中村、澤田らは出会い、出会ってからはファンタジーは舞台を去る。
そして、それぞれが再びファンタジーと出会うのは、それぞれが実は孤独に向き合っているときである。
それならば、ファンタジーが立ち去るこのラストは。
異性を恋愛という文法で処理しまうと、友人を失う。他方で、無駄だとわかっていても主人公を待ち続けてしまう、けなげな片桐のために、偽善的なハッピーエンドを願いたい。
白い貝のように余計なものを削り落としてなお、海のような深みを持つ小説だと思う。
「ファンタジー」などという得体の知れない存在が登場するあたり、川上弘美の亜流でしかない。芥川賞受賞作に比べると、そういうものを導入した時点で、作者の独自性は損なわれており、とうてい評価できない。
糸山さんの小品。
「沖で待つ」を読んで好感を持っていたので楽しみに読んだのだけれど、これはあまりすんなりと入っていけなかった。
というよりも入っていくほどの作品世界がしっかり構築されているとは思えなかった。
『宝くじに当たった河野は会社を辞めて、碧い海が美しい敦賀に引越した。何もしないひっそりした生活。そこへ居候を志願する、役立たずの神様・ファンタジーが訪れて、奇妙な同居が始まる』
背表紙に記された概略である。
主人公・河野は、海辺に住んでいる。
何事にも淡白でこだわりのない性格。昔から酒を飲んでいても黙して語らず、存在感は希薄だった。
それが奥地に引きこもってしまったのだから「あいつは海の仙人だ」といわれ、本人もそんなようなものかなと思っているのだが、この土地には愛着があり、静かな暮らしを離れたくないとも思っている。
そこで出会った女性とセックスレスの恋人関係になり、一方で職場の元同僚にはエネルギッシュな片思いをされ、静かにそういうものに対しながら自らのトラウマと向き合おうとしていく。それは生活を再構築しようという意志の、ほのかな表れてあったかもしれない。
トラウマ、は姉との関係であった。
しかし、姉にはすげなく拒絶され、想いを寄せた恋人は病気で世を去り、自らは視力を失って、多くのものを喪失した浜辺に、一人チェロを弾く。
最後のシーンは、エネルギッシュな片思いを寄せていた同僚・片桐が、久しぶりに主人公を訪ねるシーンである。
こう書いてみると、よくある「喪失と再生の物語」なのだけれど、それにしては喪失の前のこだわりが希薄だし、そもそも神様・ファンタジーは妙に浮いた存在で、いなくともこの物語には何の影響もない(その絶妙なポジショニングがファンタジーのファンタジーたる性格なのかもしれないが)。
作品世界を肉厚に、彫りの深いものにするにはそれぞれの丁寧な描写が足りておらず、立て板に水を流すようにして読み終わってしまった、という印象だった。
プラスの点を挙げるとすれば、独特な空気感は確かに構築されており、ふと息抜きをしたいときに手に取るには悪くないかもしれない。
そういう軽さを意図した作品だ、と思えば、悪くない。
文章は簡潔で、会話も多く、ドラマチック、しかも読みやすい。このまま脚本にすることもできそうな本です。若い人たちは映像を思い浮かべながら小説を書いているのだろうかと思った次第。
というのが、おじさんの感想です。
敦賀には土地勘があるので、水島や気比の浜、水晶浜などは、ロケハンとしてはいい場所を押さえていると思いました。しかし小説の中では景色があまり描写されていないので、知らない読者にはイメージできるのだろうかと懸念します。
そういった意味で、小説としては物足りなさを感じますが、ドラマにしたら綺麗な絵に仕上がるだろうなと思います。
というのが、おじさんの感想です。
敦賀には土地勘があるので、水島や気比の浜、水晶浜などは、ロケハンとしてはいい場所を押さえていると思いました。しかし小説の中では景色があまり描写されていないので、知らない読者にはイメージできるのだろうかと懸念します。
そういった意味で、小説としては物足りなさを感じますが、ドラマにしたら綺麗な絵に仕上がるだろうなと思います。



