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血の味 (新潮文庫)
沢木 耕太郎
価格: ¥500 (税込)

文庫
出版社: 新潮社
発売日: 2003/02
ISBN: 4101235147
おすすめ度:4.0
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   ボクシングにかける男たちの情熱を描いた『一瞬の夏』や、自らの体験をもとにした旅行記「深夜特急」シリーズを手がけたノンフィクション作家、沢木耕太郎が、初めて挑んだ長編小説。思春期特有の屈折した心理を持った少年が、殺人衝動に突き動かされるまでをつづる。著者は、いつもポケットにナイフを入れていたという自身の少年期を重ねながら、主人公の痛々しい若さを描く。フィクションでありながら、その中に著者の原点ともいえる時代が透けて見える作品となっている。

   主人公は、無口な父親と2人で暮らす中学3年生である。走り幅跳びの選手として期待されていたが、突然跳ぶことができなくなり、クラブ活動を引退。学校では教師から目をつけられ、友人関係におもしろみも感じず、受験勉強に明け暮れる日々を送っていた。そんなとき知り合ったのが、奇妙な女装姿の男だった。はじめは気味悪がり、距離を置こうとしていた主人公だが、男が過去にプロボクサーだったと知り、彼の数々の戦歴に興味を持つようになる。

   家を出ていった母親がいつも口にした「勇敢な」男性像は、主人公の理想でもあった。その強く完璧なものへの憧れは、この年ごろならではの純粋で一途な感情だ。そして理想が大きければ大きいほど、それが叶わなかったときの失望感は多大である。跳べなくなった少年、過去の栄光にすがるボクサー、何かをあきらめたような父親という、3人を通して、理想と現実との落差がかなしく描かれる。著者のノンフィクション作品に登場する「勝負の世界に何かを賭け、喪っていった者たち」とも通じる、それぞれの男の孤独な姿が印象に残る。(砂塚洋美)

アンバランスな本
私は初めて沢木耕太郎さんの作品を読みました。
ノンフィクションが主な作家だけあって、ストーリーに重点を置いていない事が
ラストの流れでわかりました。そこがまた不思議な感覚をのこした終わり方で、フィクションらしくなく、
とても作者の個人的なものがふくまれているような作品だったと思います。
内容のわりにいやらしさがない文章、構成力。
アンバランスな物語が不思議な気持ちにさせました。
入り口を間違えたようです
 沢木耕太郎の作品を初めて読みました。エッセイと併せて買ったのですが、正直に言って「ひどい」と思いました。やたらと過去に戻り、ストーリーがまったく前に進んでいきません。少しずつ事情を明かしていくという狙いがあるのかもしれませんが、もったいぶっているとしか感じませんでした。また時折表れる細やかな観察眼に感心することはあっても、文集表現の稚拙さが目について感動するには至りませんでした。
 一方、エッセイも気取りばかりが鼻につき、両作品とも読みながらイライラしてしまったほどです。
 要は自分の好みじゃないということなのかもしれませんし、あるいは沢木ワールドの入り口を間違えてしまったのかもしれません。代表作から読めば良かったと後悔しています。
沢木ファンなら
ファンなら読めるでしょう。
知らない人ならつまらないかも?

素材との年齢が離れすぎて書きたいスポーツマンが
いないらしいし・・

ちょっと出来すぎで・・・
とても面白かったです。
ただ、ノンフィクション作家としての著作を多く読んでいるせいか、やはりフィクションっぽさが伝わってきました。
沢木耕太郎ファンにとっては必読の書
 陰鬱な小説だ。
 殺人、という題材のせいだけではない。理由もわからず出奔した母と妹、本ばかり読んでいる父との二人だけの殺風景な生活、ふだんは無口だが時に凶暴になる「私」、銭湯ですり寄ってくるゲイの青年、尊敬できない教師。すべてが雲が低くたれこめた空を思わせるような暗い設定である。
 意外な人物の殺人に至るまでの回想を終えた後、「私」は自分のしたことの意味を初めて悟る。それは……。

 「私」が悟ったこと、とは著者が書きかけのまま10年間放置していた末に「何を書こうとしていたのかがはっきりとわかる」と悟った内容と同じはずなのだが、その内容は明瞭な表現で示されることはない。夢の中の情景や「暗号のような文字で書かれた黒い革の本」を通して語られるので、他の読者がその内容をどのように捉えているのか知りたくなるような多義的な解釈が可能である。
 文庫本の解説では、文芸評論家の富岡幸一郎氏が「作者自身が永らく執着してきた、生きることが完全燃焼し、ほとんど死と交錯する煌きの一瞬をあきらかにする作品」というような趣旨で捉えていた。

 しかし、私の解釈は違う。

 著者の沢木耕太郎は、いつも物悲しい語り口でルポルタージュを書いてきた。それは、取材相手が輝く瞬間を凝視しながらも、自分自身は当事者ではないのだという一種の空しさ、当事者でないことの後ろめたさを感じさせる文章であった。
 私は、この作品は、小説の形を借りて、「自分は永遠に文章の世界の側にいるしかないのだ。それで良いのだ」と吹っ切れた心情を吐露したのではないかと感じている。

 彼自身の心情を吐露した初めての小説、彼の作風の背景が推測される一書である。沢木耕太郎ファンにとっては必読の書である。




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