上巻に続き一気に読みました。
大人の女性として成長していく正子と蔦代。二人の姿が鮮やかに描かれている。
花柳界を離れた正子の思慮深く堅実な女性への成長。
蔦代の磨きのかかった狡猾さとたくましさ。
それにしても蔦代という人物像は本当によく出来ている。
始終正子の引き立て役でありながら、その存在感は圧倒的。
信心深く親孝行で働き者という面をもちながら、周りの人間を陥れるような悪女である一見矛盾しているような性質に、
非現実的な魅力を感じるが、どうしてなのか彼女の存在はリアルだ。
自分に率直であるという一点への矛盾のない繋がりで彼女の存在は現実感を持っているのかもしれない。
十数年前読んだ同作家「悪女について」をちらと思い出した。
芝桜 下 新潮文庫 あ 5-14
|
話の途中でいきなり第二次世界大戦が登場するのには驚いた。
日本髪を結い和服を着ていたむかしと、祖父母が生きていた時代とが急につながったから。
今ブームになっている「和の暮らし」ってこんなに近い時代に、普通にあったものだったのか。
日本髪を結い和服を着ていたむかしと、祖父母が生きていた時代とが急につながったから。
今ブームになっている「和の暮らし」ってこんなに近い時代に、普通にあったものだったのか。
例えば卓袱台には「昭和の暮らし」の印象がつきまとうが、実は卓袱台で食事をとるようになったのは戦後のことで、それ以前には箱膳で食事をとっていた、など。
箱膳で食事を取るのは待合(料亭)だけの習慣なのか、普通の家でもそうだったのか知りたい。
縁側があって、景色を配慮した小さな庭があって、井戸があり。
竈があって、囲炉裏があって、火鉢がある。
そして日常着は和服である。
スローライフ、スローフードを取り戻そうとする現代にとって、昭和の初めは桃源郷であり、限りなく遠い。
私は最近和服に興味をもち、夜は浴衣で過ごしたりもするが、私にとって和服とは生活につながるものでなく、例えばインドのサリーのように「エスニックな服」なのだ。
楽で便利で自由に生まれた私には、古き良き時代を再現して暮らすのはとても無理だろうが、その香りだけでもこの本から感じとれるのはうれしい。



