儚くあまりにも美しい「おとうと」とはかなり趣を異にする作品。だが機知と文章のうまさに
ぐいぐいと引き込まれてしまう。読み出したらやめられない。これほどの実力を持った作家
はなかなかいないのではなかろうか。ただ読み進めるとその機知が小賢しさに変わってやや
鼻持ちならないという感じも漂う。いやみになるぎりぎりで小説が終わっているのはなんとも
目出度い。
我々の知らない芸妓の世界、日本の古いひとつの風景が見事に描かれている。
流れる (新潮文庫)
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柳橋の「くろうと」の世界へ入ってゆく「しろうと」の梨花。
そこには女中として違う世界に入ってゆくと言う卑屈さはありません。むしろ、離婚を経験した中年女として、「しろうと」がどこまで「くろうと」に立ち向かえるか、挑みかかっているかのようです。
その結果は、勝利です。
柳橋の落ちぶれ行く置き屋に単身踏み込んだ梨花の意気込みは、幸田文自身の意気込みであったかも知れません。
この作品が初めての長編小説になった彼女にあって、それまでの研ぎ澄まされた観察眼で書いてきた随筆の腕が、小説の世界でどこまで通用するのか?
それはまるで「くろうと」の世界に勝利した梨花の姿にオーバーラップします。
この作品は、随筆の観察眼があったからこそ生まれた作品でしょう。
そこには女中として違う世界に入ってゆくと言う卑屈さはありません。むしろ、離婚を経験した中年女として、「しろうと」がどこまで「くろうと」に立ち向かえるか、挑みかかっているかのようです。
その結果は、勝利です。
柳橋の落ちぶれ行く置き屋に単身踏み込んだ梨花の意気込みは、幸田文自身の意気込みであったかも知れません。
この作品が初めての長編小説になった彼女にあって、それまでの研ぎ澄まされた観察眼で書いてきた随筆の腕が、小説の世界でどこまで通用するのか?
それはまるで「くろうと」の世界に勝利した梨花の姿にオーバーラップします。
この作品は、随筆の観察眼があったからこそ生まれた作品でしょう。
幸田文が自らの体験に基づいて記した作品。文の父親は文豪、幸田露伴。露伴は文に対して家事全般を叩き込んだのは有名な話です。そんな文が作り出した物語。主人公の梨花(文のこと)からは、日本女性の内面の美しさがあふれだしており、その美しさが文章までを輝かせています。綺麗な日本語というより、「東京語」なのでしょう。標準語ではない、東京語。物語の中に、梨花が書く文字だけでうならせる場面があります。こんなところが素晴らしいのです。露伴の教育は家事という表の部分でなく、家事を通して日本女性の心や所作というものを伝えたのでしょう。そしてそれを会得した文の紡ぎ出す物語で僕たちも日本女性を知るのです。女性を自覚している皆に読んで欲しい名著です。
衛星放送で成瀬監督の「流れる」を観て以来、原作を読もうと思っていた。映像の印象が小説を読みやすくした。映画では杉村春子が年増芸者(染香)をたくみに演じていた。作中の人物そのものである。作者の文章は女性らしいしなやかさがあるが、その精神は何か、男らしいものを感じさせた。当時の女性と労働と報酬について、作者なりの考えが垣間見えた。
本作を原作とする成瀬巳喜男監督映画「流れる」は評者のフェイバリット作品のひとつ、成瀬作品らしいえもいわれぬ儚い情緒が全編をおおいつくす傑作として何度も繰り返し見てきました、映画は2時間弱ですから本書を実に見事に脚色したものだろうことは当然なことで、映画らしい省略により、見れば見るほどこのシーンのこの仕草は何をしているのだろうか、といった疑問が繰り返される結果となり、偶然、古書を入手できたので読んでみました、
いろいろと賞を受けたことも肯ける見事な小説です、文章の上手さもこの時代の名手ならではの技術を感じます、そしてやはり映画化に際しての脚色の見事さには脱帽です、最近でもありがちなことですが、原作小説が良いから必ずしも映画化が成功するわけではないわけで、改めて省略の美学を考えさせられました、小説好きの読者には戦後の古典のひとつとしてぜひ奨めたい本です、
映画は美人女優揃い踏みのオールスター作品なのでとても小奇麗に作られていることも分かりました、著者の素晴らしい文章によって綴られる微にいり細にいった描写から浮かぶ昭和30年頃の光景の一部は現在とはそうとうに異なる臭うような不潔さだからです、主人公が最初の晩に布団に新聞をひく描写など男の側からはかなりぞっとするような光景なわけで、
いろいろと賞を受けたことも肯ける見事な小説です、文章の上手さもこの時代の名手ならではの技術を感じます、そしてやはり映画化に際しての脚色の見事さには脱帽です、最近でもありがちなことですが、原作小説が良いから必ずしも映画化が成功するわけではないわけで、改めて省略の美学を考えさせられました、小説好きの読者には戦後の古典のひとつとしてぜひ奨めたい本です、
映画は美人女優揃い踏みのオールスター作品なのでとても小奇麗に作られていることも分かりました、著者の素晴らしい文章によって綴られる微にいり細にいった描写から浮かぶ昭和30年頃の光景の一部は現在とはそうとうに異なる臭うような不潔さだからです、主人公が最初の晩に布団に新聞をひく描写など男の側からはかなりぞっとするような光景なわけで、



