文章は哲学的でかなり難しいですが、そのあたりはご愛嬌。僕自身、理解できない文章と理解できる文章が交錯しているという感じでしたが、三島由紀夫とはそう言うものだと考えるのがいいかと思います。全部理解できたら逆に怖いです。
三島の処女作は、彼が16歳の時に書いた『花ざかりの森』だと言われていますが、僕はむしろこちらの方が処女作にふさわしいものであると思います。と言うのも、『花ざかりの森』は、16歳のころに書いた文章だけあって、さすがに若すぎる文章であり、その後の三島の小説や言動の根幹を成すものはあまり内包されてはいないように思うからです。三島自身も短編集『花ざかりの森、憂国』の巻末の自らの解説で、『花ざかりの森』をあまり評価していません。
他方この小説には、ホモセクシュアルをはじめとした三島のその後の小説、言動のエッセンスが詰っています。小説家は処女作を超える作品を出せない、と言いますが、三島もそれはある意味(この意味を説明しようと思いましたが、文章がややこしくなるのでやめました)で例外ではないと思います。
しかし、三島は相変わらず同性愛者の心理を理解しすぎています。24歳と言う、小説家としてはいささか若すぎる時期に、ここまで詳細に同性愛者の心の変遷を綴る事ができるのだから、三島自身は実は本当に同性愛者であったのではないかと疑ってしまいます(笑)。
多くの小説は愛や恋を扱っています。実際三島もそのような小説を書いています。しかしこの小説で書かれているのはそれらではなく、もっと原始的な『性』であるように思います。時には繊細に、また時には大胆に迫りくる心理描写に彩られた、めくるめく『性』の描写。この小説を手に取った方には、ぜひこの描写を堪能していただきたいものです。ゲイの方は言うまでもなく、ノンケの方にも読んでもらいたい一品。
仮面の告白 (新潮文庫)
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日本語が美しい。内容が興味深いものなので、思ったより読める。これはノンフィクションなのかしら?気になるところである。
男色家であり、孤独を感じる「私」は男色であるという「素面」と、女色であるという「仮面」を使い分ける。それにより、他人を騙した、と言うより自分を騙したのである。本書は4章から構成されているが、騙し始める幼少期、しかし騙しきれない無意識の部分を発見する青年期、戦争という特殊な世界の中で繰り広げられる「素面」と「仮面」の相克期、そして両者の決定的な関係について気づく戦争後期という形容で分類することができる。
「仮面」を被ることで「素面」を隠す「私」はその「仮面」を隠しているという意識すら騙そうと図る。つまりそこで「素面」と「仮面」が決闘するのである。その取り決めの方法が園子への愛だった。「私」は園子を愛する。だが肉欲的に愛することがきない。そこで園子の身体に触れて確かめようとする。
「素面」と「仮面」との対峙は戦時期であった。戦争という非日常性は「仮面」を被ることを要求しない。今日も明日もないような実体のない世界の方こそむしろ「仮面」を被っているようである。そのような現実を離れた夢想の世界はある意味で「私」のユートピアだったのだろう。それゆえ「私」は人一倍死を怖れながら戦死を希求する。
とりわけ「虚構」と「死」をテーマにする作品の多い作者であるが、本書は作者の文学の出発点と謳われるほどに「私」の中でその構想が浄化されていく様を窺うことができる。作者の感受性と論理性に驚かされることは多いが、それらを紐解く上でも欠くことのできないものである。
「仮面」を被ることで「素面」を隠す「私」はその「仮面」を隠しているという意識すら騙そうと図る。つまりそこで「素面」と「仮面」が決闘するのである。その取り決めの方法が園子への愛だった。「私」は園子を愛する。だが肉欲的に愛することがきない。そこで園子の身体に触れて確かめようとする。
「素面」と「仮面」との対峙は戦時期であった。戦争という非日常性は「仮面」を被ることを要求しない。今日も明日もないような実体のない世界の方こそむしろ「仮面」を被っているようである。そのような現実を離れた夢想の世界はある意味で「私」のユートピアだったのだろう。それゆえ「私」は人一倍死を怖れながら戦死を希求する。
とりわけ「虚構」と「死」をテーマにする作品の多い作者であるが、本書は作者の文学の出発点と謳われるほどに「私」の中でその構想が浄化されていく様を窺うことができる。作者の感受性と論理性に驚かされることは多いが、それらを紐解く上でも欠くことのできないものである。
テレビの紹介で知り、軽い気持ちで買ってみました。家に着き、さっそく読んでみようとページを捲ったあの時の衝撃。今でも忘れられません。「・・・読めねぇぇぇ!」見た事もない漢字ばかりです。書いてある事も半分わかりません。すぐに挫折。24歳でこの文章、ちなみに私も24。何が違うのかな・・・全部か・・・ですが、文豪ナビという本を知り、著者の人生、お奨めの小説を買っていき、もう一度この本に挑戦しました。わかりにくい部分もありましたが、理解した時、改めてこの小説と著者の感性に圧倒されました。ぜひ、三島の小説を読みたいと思う人は、この本から読まない事をお奨めします。
思ったよりもすごい話だった。この半自伝的な小説にメタ的な手法を用いた技巧。
おまけに同性愛として女性を愛せない主人公、(倒錯的に)思いを寄せている女性と婚約しかけておきながら、その女性の真っ当さに嫉妬するという、なんじゃそりゃ!的展開。初めの頃は少しだけ読みづらかったが、後半からはかなりおもしろくなる。
メタ的観点から考えれば、主人公の仮面とはなんなんだろう。仮面をかぶっている自分を素顔として受け入れてしまえばそれは楽なんだろうけれど、なかなかうまくいかない。でも、仮面をかぶった自分を素顔としながらまた仮面をかぶっちゃったらどうするんでしょうか。
ひりつくような倒錯感とサディズムが融和したちょっと怪しげな小説。
おまけに同性愛として女性を愛せない主人公、(倒錯的に)思いを寄せている女性と婚約しかけておきながら、その女性の真っ当さに嫉妬するという、なんじゃそりゃ!的展開。初めの頃は少しだけ読みづらかったが、後半からはかなりおもしろくなる。
メタ的観点から考えれば、主人公の仮面とはなんなんだろう。仮面をかぶっている自分を素顔として受け入れてしまえばそれは楽なんだろうけれど、なかなかうまくいかない。でも、仮面をかぶった自分を素顔としながらまた仮面をかぶっちゃったらどうするんでしょうか。
ひりつくような倒錯感とサディズムが融和したちょっと怪しげな小説。



