「偸盗」は芥川らしくないメロドラマだなーと読んでいたら、芥川自身も自分の一番の悪作だと自嘲していたとか。「地獄変」は自身の娘が焼け死ぬ様を題材とした作家の業と人間性の対立を描いていて、この短編集のなかでは一番好きな作品です。「藪の中」は一つの事件を様々な人の視点から描いて構成の妙を楽しむことができます。
「羅生門」「鼻」「蜘蛛の糸」などに比べれば、知名度は劣るかもしれませんが、「地獄変」「藪の中」を読むためだけに買ってしまっても良いかもしれません。
地獄変・偸盗 (新潮文庫)
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「地獄変」という作品を考えたい。
「地獄変」の主人公は 絵描きである。絵に取り付かれた余りに ついに実の娘が火炙りになってしまう場面ですら 絵筆をとって 描いてしまう芸術家として 芥川は書いている。
要は 芸術という「悪魔」に取り付かれてしまった芸術家の話である。芥川の最後を知っている僕らからしてみると 「地獄変」の主人公はどうしても芥川自身に重なって見えてしまう。
芥川龍之介は 稀に見る鋭敏な文学的神経を持っていた。余りに「鋭敏」であった事が彼の不幸であった。良く切れる剃刀は 持っている自分自身を傷つけてしまうことは 髭剃りの話だけではない。う。
その意味で そんな剃刀など捨ててしまえば 芥川には市井の幸せもあったかもしれない。但し「地獄変」の主人公同様 芥川は 自分の芸術に取り付かれてしまっていた。手にしていた剃刀が自分に向かってくるのを 芥川はどんな思いで見ていたのかは 例えば「歯車」あたりを読めば僕らにも想像くらいはつく。
「地獄変」の主人公は 絵を書上げた翌日に縊死したと芥川は書いている。そうして その姿は 芥川自身の将来の予言ともなった。
「地獄変」の主人公は 絵描きである。絵に取り付かれた余りに ついに実の娘が火炙りになってしまう場面ですら 絵筆をとって 描いてしまう芸術家として 芥川は書いている。
要は 芸術という「悪魔」に取り付かれてしまった芸術家の話である。芥川の最後を知っている僕らからしてみると 「地獄変」の主人公はどうしても芥川自身に重なって見えてしまう。
芥川龍之介は 稀に見る鋭敏な文学的神経を持っていた。余りに「鋭敏」であった事が彼の不幸であった。良く切れる剃刀は 持っている自分自身を傷つけてしまうことは 髭剃りの話だけではない。う。
その意味で そんな剃刀など捨ててしまえば 芥川には市井の幸せもあったかもしれない。但し「地獄変」の主人公同様 芥川は 自分の芸術に取り付かれてしまっていた。手にしていた剃刀が自分に向かってくるのを 芥川はどんな思いで見ていたのかは 例えば「歯車」あたりを読めば僕らにも想像くらいはつく。
「地獄変」の主人公は 絵を書上げた翌日に縊死したと芥川は書いている。そうして その姿は 芥川自身の将来の予言ともなった。
とりあえず、別に面白くなかったと思うんだけど、藪の中だけは本当に例外。
もう超傑作です。人間の意見の食い違いを表し、現実と虚構までも浮き彫りにしてゆく。本当びっくりでした。
もう超傑作です。人間の意見の食い違いを表し、現実と虚構までも浮き彫りにしてゆく。本当びっくりでした。
主人公の良秀は芸術を追求するあまり最愛の娘を燃されそれを絵にした・・大殿様に燃やされたようだが私は、良秀の意志でもあったようにおもえる。じっくり言葉を読めばいろいろな広がりがある小説です。芥川は読者に創造をさせるところが本当にすごいです。
著者には多くの名作があるし、今更何もコメントはないのだが本編中の『藪の中』について。とにかく、この完璧な完成度はそうない。大学時代に講義で本作の分析をイヤと言うほどやったのだが、本当にスキやミスが一切ない。どころか、三者三様の語りの中に真実を見出そうとすれば、分析しているこちらが「藪の中」に迷い込む・・・。芥川龍之介の揺るがぬライフワークだったテーマの追求は、これだけ見事に人間の虚栄を完結かつ明晰に昇華した。本当に、頭が下がる。



