例えば、鼻。
彼は顎まで垂れた長い鼻がコンプレックスだったが、その鼻が短くなり、最初は晴れ晴れとした気持ちになる。
しかし、いざ鼻が短くなると、世間の彼の鼻に対する反応、同情、哀れみ、が、なんだかわからないが、嫌悪、に変わる。
面白い、確実にある大衆心理ですね。
そして大衆は彼を、あからさまに嘲笑し始める。
彼はこんなことなら長い鼻にもどりたいと思い始める。
そして鼻が元通りに戻ると、これで、よし、と晴れ晴れとした気持ちになる。完。
どうだ、この証明問題解けるものはいるか?
いまい。
人は永遠にこの証明を解けずに悩むだろう。
たまんねーな、とニヤニヤ笑みを浮かべながら。
羅生門・鼻 (新潮文庫)
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読書感想文で読まされる作家としても有名ですが
作品の余韻というかすっきりしない後味というか
その辺の所は、実にすばらいいですね。
小さな子供の頃に出会えてよかったと思います
芥川論といえば、芥川の作品の何倍も書かれており
いまさら、どうこう言う事もできないわけですが
名文で、ユーモアもあり、読みやすく、深読みもできる。
芥川はやはり、すばらしい短編小説家ですね。
作品の余韻というかすっきりしない後味というか
その辺の所は、実にすばらいいですね。
小さな子供の頃に出会えてよかったと思います
芥川論といえば、芥川の作品の何倍も書かれており
いまさら、どうこう言う事もできないわけですが
名文で、ユーモアもあり、読みやすく、深読みもできる。
芥川はやはり、すばらしい短編小説家ですね。
古典作品に触れると、どれだけ深い解釈ができるか、どれだけ文章や構造を多義的に読み込めるか、によって自分の読書力(いやむしろ人間力と言ってもよい)がはっきりと示されてしまいます。
特に芥川龍之介のような短編作品だと、ますますその傾向は強いですよね。
少なくとも学生時代に読むよりは、人生の酸いも甘いも味わった(?)大人の方がはるかに楽しめると思います。
ってか、この複雑な感情の変化や心理の揺れなどは、そもそも人生経験の浅い中学生なんかにわかるわけがない、と思うのですがいかがでしょう。
(いや、逆にこういう本をたくさん読むことで、疑似人生経験をたくさん積んだとも言えるでしょうが)
こういう古典作品は定期的に読み返して、その都度深まる味わいを楽しみたいものです。
特に芥川龍之介のような短編作品だと、ますますその傾向は強いですよね。
少なくとも学生時代に読むよりは、人生の酸いも甘いも味わった(?)大人の方がはるかに楽しめると思います。
ってか、この複雑な感情の変化や心理の揺れなどは、そもそも人生経験の浅い中学生なんかにわかるわけがない、と思うのですがいかがでしょう。
(いや、逆にこういう本をたくさん読むことで、疑似人生経験をたくさん積んだとも言えるでしょうが)
こういう古典作品は定期的に読み返して、その都度深まる味わいを楽しみたいものです。
芥川はデビュー作「鼻」の成功によって文壇入りした。「鼻」は漱石に激賞された事でも有名で、これで芥川も自信が付いたと本人も言っている。
また、紛らわしいが、黒澤監督の映画「羅生門」の原作となったのは「藪の中」という作品。「羅生門」は別の主題を持った別の作品。いずれも主題こそ異なれ、人間心理の綾や闇を扱ったものである。芥川が「今昔物語」を素材にして、それを理知的に再構成した事は有名だが、その構成力と人間観察眼の確かさは素晴らしいものだ。
余談だが、「鼻」を初めとする「今昔物語」の逸話には「仁和寺の法師」が良く出て来る。作者不明の「今昔物語」だが、仁和寺の関係者だったのだろうか。芥川の作品を読む事によって、「今昔物語」への興味も湧いてくる。そんな魅力を持った短編集である。
また、紛らわしいが、黒澤監督の映画「羅生門」の原作となったのは「藪の中」という作品。「羅生門」は別の主題を持った別の作品。いずれも主題こそ異なれ、人間心理の綾や闇を扱ったものである。芥川が「今昔物語」を素材にして、それを理知的に再構成した事は有名だが、その構成力と人間観察眼の確かさは素晴らしいものだ。
余談だが、「鼻」を初めとする「今昔物語」の逸話には「仁和寺の法師」が良く出て来る。作者不明の「今昔物語」だが、仁和寺の関係者だったのだろうか。芥川の作品を読む事によって、「今昔物語」への興味も湧いてくる。そんな魅力を持った短編集である。
芥川龍之介の 王朝物。
芥川賞という文学賞は純文学の最高峰であるわけだが 確かに 芥川の王朝物を読むと 芥川の名前を賞に使いたくなることが良く分かる。
この本に納められた短編を読んでいると 芥川が若くして 途方も無いほどの才気を持っていたことが分かる。かの夏目漱石にしても 一読驚嘆したというが それも当然かもしれない。
漢籍への圧倒的な知識を基に 駆使される日本語の美しさには目を見張る。村上春樹が ビジュアルに美しい漢字を使っていると評していたが それも もっともな指摘だと思う。
そんなカミソリのような才が 結局芥川自身を切りきざんで行ってしまったのも 日本文学の歴史である。
但し 本書には まだそんな陰鬱さは無い。芥川が その才気を駆使した 稀に見るほど美しい短編集である。
芥川賞という文学賞は純文学の最高峰であるわけだが 確かに 芥川の王朝物を読むと 芥川の名前を賞に使いたくなることが良く分かる。
この本に納められた短編を読んでいると 芥川が若くして 途方も無いほどの才気を持っていたことが分かる。かの夏目漱石にしても 一読驚嘆したというが それも当然かもしれない。
漢籍への圧倒的な知識を基に 駆使される日本語の美しさには目を見張る。村上春樹が ビジュアルに美しい漢字を使っていると評していたが それも もっともな指摘だと思う。
そんなカミソリのような才が 結局芥川自身を切りきざんで行ってしまったのも 日本文学の歴史である。
但し 本書には まだそんな陰鬱さは無い。芥川が その才気を駆使した 稀に見るほど美しい短編集である。



