表題作「ろまん燈籠」と「雪の夜の話」について書いてみよう。
自分の分を知り、その分を守り、それぞれがそれぞれの義務・役割を果たして、力を合わせて生きていく。――彼が理想としたのは、平凡だけれど美しい、そんな生活だったのではないか。
「ろまん燈籠」では兄妹たちがそれぞれの個性を生かし、連作・合作して一つの物語を作る。「雪の夜の話」には、難破した水夫の話が出てくる。医者が難破した水夫の目を顕微鏡で調べたところ、一家の団欒の光景がその網膜に残されていた。この事実を医者は知り合いの小説家に伝える。小説家がこれを解釈する。もし、水夫の目が損傷していたら、医者はその網膜から一家団欒の光景を見つけることは出来なかったし、医者が水夫の目を顕微鏡で調べたとしても、小説家が解釈しなければ、水夫の行為は明らかにされなかった。この小さな物語は、水夫と医者と小説家との三人で力を合わせて作った話として捉えることが出来るのである。
「ろまん燈籠」の最後の方の場面で、兄妹の祖父が批評の言葉を述べる。主人公とヒロインとが幸福をつかんだのは、父母の隠れた愛があったればこそだが、ほとんど誰もそれに触れなかった、そこがなっとらん。だいたい、そんなことを言う。隠れているけれども、存在しているもの、隠れているからこそ、大切なもの、そういうものを探し出して、文学として定着させる、それが太宰にとって重要なテーマの一つとなっていたのである。
隠れた愛、で連想するのは、善い行いをするときは、人に見られないよう心がけなさい、そうすれば、隠れたところにいます天の父なる神が、報いてくださるだろう、というイエスの教えである。太宰は隠れた愛の行為を文学として定着させながら、読者に福音が訪れることを祈っていたのではあるまいか。そんな気がする。ちなみに、太宰が『聖書』を福音として受容していた一面があるのでは、との指摘は渡部芳紀氏によりなされており、私はそれを応用したまでのことである。
ろまん燈籠
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太宰治といえば、「人間失格」など、暗い話
ばかりのイメージが強いですが、実はかなり
幅広いです。
なのであえて、これをお勧めします。
この本は短編集なのですが、表題作「ろまん燈籠」
は五人兄弟が、それぞれ順々にロマンスな物語を
書き継いでいきます。
この書き分けは本当に凄い!
五人の個性にあった文章・・・圧巻です。
また、五人の家族、母親と祖父母もいい味を
出してます。
「令嬢アユ」もなかなかアダルトな逸話で笑えます。
太宰は本当に笑いも好きな作家だったと思います。
ばかりのイメージが強いですが、実はかなり
幅広いです。
なのであえて、これをお勧めします。
この本は短編集なのですが、表題作「ろまん燈籠」
は五人兄弟が、それぞれ順々にロマンスな物語を
書き継いでいきます。
この書き分けは本当に凄い!
五人の個性にあった文章・・・圧巻です。
また、五人の家族、母親と祖父母もいい味を
出してます。
「令嬢アユ」もなかなかアダルトな逸話で笑えます。
太宰は本当に笑いも好きな作家だったと思います。
太宰治は第二次大戦前後に多くの作品を書いています。
戦後は少し、作風が変わったようです。
ろまん燈籠は短編作品が含まれていますが、
パールハーバーの時の日本人の心理を
描いている点が貴重です。
思想的なものは強くでていませんが、
当時の日本人の生活が生生しく感じられます。
戦後は少し、作風が変わったようです。
ろまん燈籠は短編作品が含まれていますが、
パールハーバーの時の日本人の心理を
描いている点が貴重です。
思想的なものは強くでていませんが、
当時の日本人の生活が生生しく感じられます。
太宰、戦時中マジヤベェヤベェクラスの名作・傑作、あれ佳作ぅ!な作品書きまくりっしたが、この文庫本はずばり太宰サイコッ!期の秀作並びまくりの一冊っす!安易な戦争批判はせずに身の回りの生活を見つめた熟視線の静かさが太宰の作家としての円熟MAX!具合感じさせまくりな秀作揃いっす!戦中の市民LIFEを静に夫&妻、それぞれの立場から描いた対ンな「新郎」・「十二月八日」や、お得意ちょい癒しロマァ〜ン「雪の夜の話」、太宰、やっぱ女のこと解ってるぅ!な太宰唯の遊び人やおまへんしたたか大人でっせ感微感じさせな佳作「令嬢アユ」など捨て作なしな一冊っす!一般世ぇ間〜で有名な作品が収録されていないので地味な印象っすが、さっぱりした読後感はサイコッ!すねぇ〜ぇぇぃ…太宰やっぱサイコサイコサイコッ!YEAH!!
本書中の『新郎』ほどの、日本語における清らかな名文は他にあるだろうか。
《一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩ん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。舟を浮べたいくらい綺麗だ。山茶花の花びらは、桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。何もかも、なつかしいのだ。……》
米英との開戦直後に書かれたこの随筆は、死を覚悟した高潔なやさしさとでもいうものが満ちている。
《明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、十分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて居ります。私は、嘘を言わなくなりました。虚栄や打算でない勉強が、少しずつ出来るようになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くような事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。》
太宰ファンでなくとも、日本人ならばぜひ読んでほしい。
《一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩ん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。舟を浮べたいくらい綺麗だ。山茶花の花びらは、桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。何もかも、なつかしいのだ。……》
米英との開戦直後に書かれたこの随筆は、死を覚悟した高潔なやさしさとでもいうものが満ちている。
《明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、十分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて居ります。私は、嘘を言わなくなりました。虚栄や打算でない勉強が、少しずつ出来るようになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くような事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。》
太宰ファンでなくとも、日本人ならばぜひ読んでほしい。


