私が読んだのは父の部屋にあった講談社文庫のですけど
旧カナがあまりなく現代人でも読みやすいものだったと思います。
大正時代の様子がよくわかります。
痴人の愛 (新潮文庫)
|
譲治は妻ナオミとの関係に精神的な一種の性癖とも言える形で自尊心との折り合いを付ける。ブレがありながらも彼の徹底した行動は自分には真似できないと思う一方で妙に共感してしまう。
性的な表現は、ほぼないに等しいが精神的官能美を醸した小説
性的な表現は、ほぼないに等しいが精神的官能美を醸した小説
男女関係におけるサディズムとマゾヒズムについて
深く考えさせられる一冊。
主人公の男は、いかにもマゾヒスト、といったタイ
プに思えるが、しかし彼は実は、究極のサディスト
ではないだろうか。
ひとりの女を、自分好みの人形に仕立てるべく、自
宅で飼いならそうとする。相手に苦痛を与え、それ
によって快感を得る人間がサディストであるならば、
貧しい境遇の美しい少女を、自分好みにすべく調教
を施し、その行為に快感を覚える譲治は、ナオミに
とって大いにサディストである。
譲治は、自らの行為がサディスト的でありながらそ
の自覚がまったくなく、むしろ相手にとって良いこ
とをしている、相手も喜んでいると思っているのだ
から、尚性質が悪い。
最終的に、ナオミは手のつけようがない悪女となっ
てしまい、調教しようと思った女に情けないほど翻
弄されてしまうのは、皮肉な結末である。しかしな
がら、男としての魅力に欠ける譲治が美しいナオミ
を獲得できた事は、充分過ぎる勝利であった。
不器量、かつ女心の分からない無粋な男が、好きに
なった女性を一方的に愛し、可愛がる行為は、他人
から見れば単なるサディズムかもしれない。そんな
恐ろしい推測が頭を過ぎった。
深く考えさせられる一冊。
主人公の男は、いかにもマゾヒスト、といったタイ
プに思えるが、しかし彼は実は、究極のサディスト
ではないだろうか。
ひとりの女を、自分好みの人形に仕立てるべく、自
宅で飼いならそうとする。相手に苦痛を与え、それ
によって快感を得る人間がサディストであるならば、
貧しい境遇の美しい少女を、自分好みにすべく調教
を施し、その行為に快感を覚える譲治は、ナオミに
とって大いにサディストである。
譲治は、自らの行為がサディスト的でありながらそ
の自覚がまったくなく、むしろ相手にとって良いこ
とをしている、相手も喜んでいると思っているのだ
から、尚性質が悪い。
最終的に、ナオミは手のつけようがない悪女となっ
てしまい、調教しようと思った女に情けないほど翻
弄されてしまうのは、皮肉な結末である。しかしな
がら、男としての魅力に欠ける譲治が美しいナオミ
を獲得できた事は、充分過ぎる勝利であった。
不器量、かつ女心の分からない無粋な男が、好きに
なった女性を一方的に愛し、可愛がる行為は、他人
から見れば単なるサディズムかもしれない。そんな
恐ろしい推測が頭を過ぎった。
随分前に読んだ小説だが、主人公の譲治に対してなんとも情けない男だなという印象を強く持った記憶がある。今ほど奔放でなかった時代に譲治の理想とする西洋の匂いのする女性に育てようとナオミを引き取ったのですが、結果譲治はナオミに翻弄させられる。鎌倉の海で男に囲まれて嬌声を上げている裸のナオミを見つけた時の譲治の絶望感と葛藤。しかし、譲治は建前もプライドも捨て財産を全てナオミに投げ打って夫婦という関係を継続することになる。結局それが彼の最大の幸せでもあったのだろう。今も昔も程度の差こそあれ、同じ様なことは多かれ少なかれ日常茶飯事の出来事だが、大正という時代背景と多くの制約がある中において自分に素直に生きた譲治にはある種うらやましさも感じた。
この本全体にあふれる「大正」の雰囲気が大好きです。エッチな雰囲気も好きです。この本はとにかく好きなので、コメントはあまりありません。私もナオミになってみたかったです。



